■グリニッチ便り■ No.141, 2008年9月号
Japanese Gospel Church of Greenwich グリニッチ福音キリスト教会


先ず祈ってみよう
C.H.スポルジョン

2008年も秋、世の中、順風満帆かと思えば、日本では再び首相降板、地震も起きています。アメリカでも主要都市がハリケーンとそれに続く大洪水に見舞われ、金融大手の倒産による市場の大混乱が続いています。「不動産」は嵐や地震の前には不動ではなく、不滅と思えた会社や国家もまた時の大波にもろくも崩れ去る砂上の楼閣でしかない。このような現実の前に人は自分の存在を見つめ直すものです。神にすがるのは弱い人間のすること、とよく言われますが、人は自分を取り巻く社会を始め、自然界・・・地球環境、太陽、宇宙に全く依存している存在であり、神のような「自立した存在」ではあり得ないのです。自分が神に依存している存在であることを素直に認めるところから人生、見つめ直してみると、世の中が実ははるかに豊かなものであるのに気がつきます。先ずは祈ることから始めて見てはいかがでしょう。有名な伝道者 C.H.スポルジョンのことばを贈ります。

悩みの時に、超自然的存在者に助けを求めることは、人間の本能である。私は、この本能の真実性を信じるし、祈りには何かがあるから人は祈ると言うことも信じる。創造者が被造物に渇きを与えるのは、その渇きを満たす水があるからであり、空腹をつくり出したのは、食欲に応じた食べ物があるからである。同様に、神が人に祈らせるのは、祈りに応じた祝福があるからなのである。

iPodが欲しい (音楽考)
グリニッチ福音キリスト教会 牧師 立石尚志

マタイ21:16  イエスは言われた。「聞いています。『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された。』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」
 
iPodが欲しい!と娘にねだられ・・・
iPodはアップル社製の小型のメディア再生装置だが、お持ちの方も多いだろう。アップル・コンピューターを長く使っている私だが流行について行くのが面倒なので私は iPodを持っていない。「まわりのみんなが持っている」との娘の訴えは正しくないにせよ、人一倍、歌と踊りの好きな娘の求めは真剣である。読者の皆さんなら小学3年生の娘を前にどうされるだろうか(この記事は娘の承諾を得て書いています)。
 
思えば自分も小学6年生の頃、好きな音楽を録音したくてラジオやステレオの前にテープレコーダーを置いて家族に「静かにして」と叫んでみたり、中学高校時代は新聞のFM番組表とにらめっこしながら夜な夜な好きなアーチストのエアチェックをしていた。そうまでして録音した音楽カセットは本当に宝物だった。心の歌となった当時の「懐メロ」は景色や匂いまで再現しながら瞬時に20年、30年自分をタイムスリップさせてくれる。音楽がかくも不思議なタイムマシンの役割を果たしてくれるのなら、自分の子供にも好きなものを聞かせて「よい思い出」を作らせて上げたいとも思う。
 
音楽には「霊的な力」がある
音楽は記憶を呼び覚ますタイムマシンという役割を果たすだけでなく、毎日の生活の中で私たちの気分や気持ちを方向づけする力も持っている。朝目覚ましにロッキー(ボクサーの映画)のテーマ、読書にはクラシックがいいという人もいるだろう。言葉のある音楽はさらに直接的に働きかけてくる。伝道者の私は好きなクリスチャン・ミュージシャンの曲を聞きながら一緒に大声で歌っていると、ポパイがほうれん草を食べたときのように、力がみなぎってくるのが分かる。落ち込んでいる人がメランコリックな曲に浸り続けていては落ち込みから抜け出す望みもなくなってしまうだろう。
 
音楽にはこのように霊的な力がある。音楽は「たましい」に直接影響を与える媒介・メディアなのである。様々な音楽療法が存在するのはこの霊的な力のためであるし、この力に注目し、古今東西、軍国・独裁主義、社会・共産主義、黒人の選挙権闘争等々、あらゆる思想の浸透のために音楽は使われて来た。私はアメリカの小学校で "My Country T'is of Thee", "America the Beautiful", "Star Spangled Banner", "This Land is Your Land" など数々の愛国唱歌を覚えさせられ、今でも歌える。それで私は日本人でありながら時折これらの歌が流れる「米国の愛国的な瞬間」に目頭が熱くなったりしてしまう。私の潜在意識領域に刷り込まれた音楽の力である。
 
境界線
それにしても子供が歌を覚えてしまう力は驚異的である。娘は友達たちとヒット曲を数十曲やすやす暗記して歌い続け、踊り続ける。それだけに善であれ悪であれ、建徳的であれ破壊的であれ、子供たちは聴く音楽を通して多大な影響を受けている。私はロックが嫌いなわけではないが、影響を受けて欲しくない歌詞は極めて多い。" It feels so right", "Do what you feel like doin'" 等、「感情」の赴くままに生きることを至高の価値としたり、権威を侮り親に逆らわせるような内容に対しては、心を鬼にして反対すべきだと確信している。音楽の影響で子供が見る見る反抗的になっていくのをいったいどれくらい親達がなすすべもなく眺めてきたことだろうか。親はどのような「境界線」を設けるか、どのような判断基準を子供が自らに持たせることができるかよく考えなければならない。私はクリスチャンの親として子供たちの心にしっかり心に刻んでおきたいことがいくつかある。
 
1)音楽は神からのプレゼントであり、喜びと慰め、励ましのために正しく用いることが求められている
聖書には人が生きていくための最も大切な原則として「神を愛し、人を自分と同じように愛すること」が記されているが、「黄金律」「モーセの十戒」と合わせて聖書の原則に照らして歌詞の内容を検討する癖をつけていけたら、と願っている。そのためには「歌詞」を子供と一緒に眺めて、どんな価値判断が歌われているのか、良いものも悪いものも含めて一緒に考えるというプロセスをなるべく一緒にして行きたい。手間と時間のかかる作業があるが、今の時代インターネットで検索すればどんな曲の歌詞もすぐに見つかるので面倒くさがらずに実行したい。
 
2)音楽の究極的な目的は神に栄光を帰すことだが、神を見失った音楽は自己陶酔に陥っていく
バッハはその作品にいつもSDG (Soli Deo Gloria ただ神にのみ栄光あれ)とサインし、人のために作曲した曲であっても、神が彼の作品の究極的受け取り手であることを自分に言い聞かせていた。栄光を独占するような神など信じられるか、と思われるかも知れないが、聖書は神の本質が愛であり、自己中心性が全く無い存在であることを示している。神はどんなに賛美を受けようと、高ぶって罪を犯すことがないのである。だからこそ人はこのような愛と正義の究極の存在である聖き神を見上げ、その神を賛美して生きるとき、その歩むべき道がまっすぐにされるのである(箴言3:5〜6)。
 
旧約聖書はしかしながらもともと音楽をもって神を礼拝する務めをもっていた大天使ルシファーが、自らも神同様に礼拝されたいと言って堕落し、悪魔と変質したことを記している。神抜きの音楽はまさに自己賛美、自己陶酔の世界へと人を誘い引きずり込む。「自分たちは今やジーザスよりも人気が高い」とジョン・レノンは高言した。さらに恐ろしいことに研究家の一部はビートルズの LUCY IN THE SKIES WITH DIAMOND が単に麻薬のLSD の頭文字を取っただけでなくエゼキエル書に描かれているダイヤモンドに覆われた天使ルシファーへの賛歌、悪魔賛美であると認めている。
 
3)聖書の教えている真理と合致しているか否か
ヒット曲はヒットするだけの理由がある。メロディーや歌詞が心に深く浸透して心の歌となるからである。しかし心の歌と呼ばれるものの中にも聖書のメッセージを真っ向から否定して来るものも少なくない。いくつか例を挙げよう(これらの曲が大好きな方もいらっしゃると思うが、違った見方がある、というところで我慢していただきたい)。
 
a)シナトラが歌った 「MY WAY」であるが、煎じ詰めると「私はいつも自分のやり方でやってきた。文句をつけられる筋合いはない。私は自分で自分の責任を負う。」と歌っている。しかし思い出して頂きたい。実際生活の中で人に譲らず「マイウェー」を通す人に閉口させられたことはないだろうか。聖書は神に従わず、かたくなに自分のやり方にこだわる自己中心を「罪」と呼び、自分で自分の罪の責任を永久に負い続けなければならない場所を「地獄」と呼んでいる。聖書は反対に「HIS WAY」つまりキリストの身代わりの死を受けいれる道筋こそが天国に続く道であると教えている。
 
b)レノンは「イマジン」で「天国や地獄を信じる人がいたり、国や宗教などがあるから世の中、問題がなくならないのだ。それら(究極的には道徳と法律)を捨てれば世界は一つになれる。」と歌った。聖書は人間がどこまでも自己中心に縛られているがゆえに、道徳的価値判断を行なう存在でありながら、決して正しい選択をすることがないことを全巻通じて教えている。歴史は聖書が正しいことを教えているし、レノンが自ら歌ったように「確かに夢想家(Just a Dreamer)」でしかなかったことを明らかにしている。このような「夢想」は罪と悪の現実に実際に向き合って問題解決していく人間を生み出す代わりに、残念ながら悲観主義的な評論家ないし、自分たちのみを正しいとする過激派を生み出してしまう。
 
c)日本全国で歌われている「千の風になって」は感動的なメロディーに合わせ「私は死後、自然界の中で形を変えて永遠に生き続けるのだから私の墓の前で泣かないでください」と訴えるのだが、死後に関する根拠もないイメージを提供していることは危険なことである。このイメージは生前の道徳的生き方次第で死後のあり方が定まるとする輪廻の思想とも大きく異なる。改悛の念の無い非道な人間がこの歌を歌い、死後その人間の風が吹き回っていてそれを呼吸しなければならないとしたらおぞましいことではないか。聖書は全ての人は死後、神の御前に立って裁きを受けるべき存在であることを教えている。テレビの「水戸黄門」が途切れることなく続いているのは前述したように、人間がどこまでも正義を求める道徳的存在であって、裁きがなければ決して満足できない性質を持っていることを何よりはっきり示している。神がそのように人を創造されたのだ。「水戸黄門」こそ、やがて天で行われる神の裁きの予告編・プレビューなのだ。
 
iPod? ・・・ebayにて無事落札
音楽は人の精神機能(理性、感情、意志)の全ての精神機能に直接的な影響を及ぼすメディアである。子供にノーチェックで音楽を聞かせるということは雇ってもいない家庭教師が土足で子供部屋に入り込んできて何時間も子供といる状況と何ら変わりない。何百時間か後に、子供の感情や言葉が「変」になっており、子供が「別人」になっていたとしても文句を言えるだろうか。iPod を一日3時間聞くとしたら1年間で1000時間。子供が何を聞くかということで我々は何千時間もつき合ってはいられない。前回、神が子供の教育の責任は親にあると定めていることを書いたが、一番良いのは、小さいうちから子供に歌詞を聞き分ける力をつけさせてあげること、良いものと悪いものとを判断するための手ほどきをしてあげることではなかろうか。もちろん親である自分がどのような基準に立っているのかも問われることになる。これもまた良いことである。音楽は神からのすばらしいプレゼントである。良い音楽を子供と楽しみつつ歩みたい。■

■秋の集会予定■
9/27-11/15 毎週土曜9:30~11:30
キリスト教教養講座

【定例集会】
★ 日曜礼拝 日曜/10:00〜11:30am
★ サンデースクール 日曜/11:30〜12:00pm
★ 祈祷会 水曜/午前10:00

【各種集会】
グリニッチ家庭集会 10/3 金曜10:00am
グリニッチ聖書を読む会 金曜10:00am
スタンフォード聖書を読む会 水曜1:00pm
ハリソン聖書を読む会 隔週火曜10:00am
会場:ハリソン長老教会
ニューヘイブン聖書を読む会
木曜10:00am場所:日比野宅
ハートフォード聖書を読む会
  木曜10:30am 場所:テイラー宅
メンズ・バイブル・フェローシップ
   水曜8:00PM & 土曜5:00PM
マウントキスコ聖書を読む会 
平野宅 金曜 夜8:00PM
その他入門クラスを随時行っています

教会サンクスギビング・バザー 11/22土、11/23日
ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて
あるいはWEBで!! http://www.harvesttime.tv/
★お勧めウェブ放送局:
BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/
CGNTV http://japan.cgntv.net/
★聖書の言葉、語句検索サイト:
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《教会住所》
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