■グリニッチ便り■  No.140, 2008年6月号
Japanese Gospel Church of Greenwich グリニッチ福音キリスト教会


愚かさは子供の心につながれている
グリニッチ福音キリスト教会 牧師 立石尚志

先日運転しながらラジオを聴いていたら珍しく日本に関するニュースが流れた。なんと日本のどこかの小学校で魔法使いも小人たちも登場しない、クラス25名全員が主役の白雪姫を演じる「白雪姫」が上演されたというのである。しかもそれが教師・学校に対する「モンスターペアレントたちの勝利」として紹介されたのだ。日本の教育現場の実態ということで、英タイムズ紙を通じて全世界に報道されたとのことである。 
*http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article4083278.ece

 多様な能力を出し合い、一致協力して作品を作り上げ、調和を目指すことではなく、人と異なることを恐れた没個性・画一主義に陥っているこのような状況は極めて嘆かわしいことではないだろうか。音響に目覚める少年、抜群の魔女役を演じる少女、舞台装置制作を通して工学を目指す少年、背景の絵を描いて美術に目覚める者、何よりも協力する喜びの体験、こういう可能性を奪っていることになぜ気がつかず、教師たちもなぜ死に物狂いで戦わないのだろうか。

 わが耳を疑いつつも、昨年日本の教会を訪れた際、初めてモンスターペアレントなる言葉に出会ったのを思い出した。その教会では、子供プログラムで起きた子供同士の小競り合いのことで、親が訴訟を起こしかねない緊迫した状況になっていたのだ。しかし私はさらに昔を思い出した。遡って1982年、当時私は体育会山岳部に属していたが、顧問をしてくださっていた教授がご病気で役を降りられ、先輩OBたちは顧問探しに奔走した。幸い後任が見つかったものの、リスクの高いスポーツの顧問は受けられないと何人もの先生に断られた。何かあると親が乗り出して来て大学の責任を追求するような事件が増え始めていたのが原因だった。大学が「大人の学舎」ではなく、中学高校の延長に成り下がってしまった、と言われるようになったのも私たちの時代と記憶している。モンスターペアレント化の兆しが私の親たちの世代にすでに見え始めていた。

 四半世紀経ち、モンスターペアレントが今や日本の教育システムの根幹を揺るがしているようだ。子供の自尊心は至高の聖域、競争は全て悪、優れることは今や罪とされる。「全員主役の白雪姫」こそ、社会全体が目指すべき理想であり、民主主義社会の行き着くべき姿なのであろうか。高校の倫理社会の授業でならった「衆愚政治※」という言葉を思い出さないではいられない。一体どこからずれてしまったのであろうか。

 今回のタイトルは、次の聖書の一部である。

箴言22:15「愚かさは子どもの心につながれている。懲らしめの杖がこれを断ち切る。」

子供を「愚か」と呼ぼうものなら大変なことになりかねない現代社会であるが、聖書は全く平気である。

箴言13:24 むちを控える者はその子を憎む者である。子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる。
箴言19:18 望みのあるうちに、自分の子を懲らしめよ。しかし、殺す気を起こしてはならない。

 箴言は「愚かさ」、そして「愚か者」について非常に多くのことを語っている。「愚か者」の意味するところは、神を恐れない者、正当な権威を侮る者、自分中心な世界観しか持たない者、学びや知識を軽んじる者、怠け者、自らをあざむく者、怒りやすい者等である。これらの定義に照らすと、「愚かさは子供の心につながれている」という言葉も理解しやすくなるであろう。聖書で言う愚か者とは子供時代の自己中心に縛られたまま大きくなってしまった人間のことなのである。

 生まれたばかりの赤子は自己中心以外の何ものでもないが、目の中に入れても痛くないから許される。続く幼年時代になされる幼児教育は一面、まさにこの自己中心を削っていく作業とも言えよう。ありとあらゆる子供の我がままと戦う大変な作業が始まる。大人になるための訓練とはつまり、人のために進んで自分を用いることに喜びを感じ、実行できる力を身に付けることなのである。聖書における人間の成長の最終目標は神に似た者となること、究極の自己犠牲を喜んでささげたキリストに似た者となることなのである。

 神は子供の心をつないでいる愚かさ・・・自己中心やわがままの鎖を断ち切る責任を「親」に与えている。「懲らしめの杖」「むち」という強い言葉が使われているのは、それだけ、子供の自己中心と戦うことが骨の折れる仕事であることを示している。この訓練を子供にしてあげることこそ子供に対する「真の愛」であり、子供を自己中心から解放することこそ子供の将来の幸せを保証することなのだ、と聖書は教えている。しかも「望みのあるうち」と言われるように、その訓練を施すことのできる期間は限られている。

 教師狩り、無差別通り魔殺人、子殺し親殺し、児童売春、DV、幼児虐待、日本はこのようなことを平気でしてしまうモンスターたちが闊歩する時代になった。子供の自己中心が野放しにされるどころか、自己中心的であることが助長される。しかしそのエゴイズムが開花した状態こそがモンスターであることを覚えなければならない。しかもモンスターたちがより凶暴なモンスターを生み出すような恐ろしい時代にもなっている。この連鎖を勇気を持って断ち切って行かなければならない。

 子供たちもいよいよ夏休みに入った。普段以上に子供の我がままと向き合わなければならない親達、保護者たちに是非エールを送りたい。夏休みは訓練の絶好の機会でもある。もし子供を心から愛し、神から与えられた「愚かさを断ち切る」任務を遂行しようと願うならあなたは神の御心を行なうことになるのであり、神はあなたの味方になる。また自分たちの愚かさともむき合い、へりくだって神の助けを求めていくのなら、神はあなたもあなたの子供たちを祝福しよう。神は私達の幸せをだれよりも願っておられるからである。■
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衆愚政治(しゅうぐせいじ)とは、多数の愚民による政治の意で、民主政治の蔑称。有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな合意が得られたりする状況をさす。また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。民主政を揶揄して用いられる言葉。 
出典:ウィキペディア

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● グリニッチ福音キリスト教会では、聖書的な子育てに関する本を多くそろえています。   
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● 夏のバイブルキャンプが8/19〜21にもたれます。是非お子様をお送りください。心の栄養をたっぷり盛り込んだ楽しいプログラムでお待ちしています。


神に与えられた使命に向かって  N.H兄


洗礼に至るまで
  私が洗礼を受けたのは大学生のときだった。ラグビーと勉学の両立をめざし、充実した大学生活を送っていたが、ラグビーのシーズンが終わって、少しゆとりある時間をすごしていたとき、ふとある日突然教会に行きたくなり、近くの教会を訪れた。大学入学以来、5年間もその教会の前を通学路として通っていたが、それまでは一度もその教会へ行こうと思ったことはなかったので、今思えば神様の導きとしか言いようがない。

  初めて出席した礼拝の後、ある一人の信者さんが熱心に伝道してくれたが、必死で反論していたのをよく覚えている。ところが、その教会に同じ大学に通う人がいて、その人を通じて、教会の方々とのあたたかいつながりができた。次第に教会に行くのが楽しくなり、奉仕にも参加するようになった。まだイエス様のことを全く知らない私に、牧師先生は、「とにかくわからなくても礼拝に続けて出席し、祈り、賛美し、聖書を読みなさい。継続することが大切だよ。」とアドバイスをくれた。

  教会に通い始めて、2ヵ月後、「互いの栄誉は受けても唯一神からの栄誉を求めないあなた方はどうして信じることができますか(ヨハネ5:44)」という御言葉に衝撃を覚えた。ラグビーでよいチームワークを作るためにはお互いの信頼関係が大切だと考え、人を信じることを大切にしてきたのに、どうしてイエス様のことは信じられないのかと迫られた。理解を超えてとにかく信じよう、信じないと委ねることができないし、何も始まらないのだと思い、洗礼を決意した。神様との距離がぐっと近くなったのを覚えている。

  その後、神様につながることで大きな恵みの流れが生まれ始めた。自分は何も伝道していないのに、救いの恵みは、祖母、母、弟夫婦と親族にも広がった。教会の青年会でいつも熱心に奉仕をしていた妻と結婚し、クリスチャンホームが与えられた。夫婦でお互いの価値観を超えた信仰を共有して家族を立て上げることのすばらしさを今でも実感しており、神の恵みに感謝の日々である。

近況 - 神の奇跡
  私たち家族は昨年4月にConnecticut州New Havenに引越しした。私が、海外で世界のトップクラスの人たちと仕事がしたいと祈り始めてから7年後のことであった。それまでにも自分なりに努力し、applyしてきたが、ことごとくチャレンジの道が閉ざされてきた。その度に神の時ではないのだと思い直し、祈り続けていると、チャンスは私がメンターとして尊敬していた上司のヘッドハンティングという形で現れた。日本人がprofesserとしてヘッドハンティングされることも非常に稀だが、私がその元で一緒に仕事をすることになることは、まさに神様の奇跡の業であった。

  渡米後はじめに自分に与えられたテーマはマウスの手術であった。直径0.8mmのマウスの血管を、髪の毛よりも細い糸を使って、研究に使う人工血管と吻合するー人間の技とは思えなかった。毎日失敗の連続であり、どうやってマスターするのか途方にくれながら祈る自分に、「神は御心のままにあなた方に働いて事を行わせてくださるのです。すべてのことを疑わずつぶやかず行いなさい。(ピリピ2:13)」という御言葉がいつも響いていた。3ヵ月後まったく成功の兆しが見えない中、あるトラブルからマウスの手術ができなくなり、練習すらできなくなった。本当に祈り、イメージすることしかできない状況に追い込まれた。ところが、さらに3ヶ月が経ち、手術再開になったとき、神の奇跡が起きた。それまで3ヶ月間、全く練習ができない期間があったにもかかわらず、突然成功し、マスターすることができたのである。

  その一方で、家族も多くの恵みを頂いた。妻は日本にいるときから教会学校の教師になりたいと、神学校に通っていたが、最終学年の4年目にアメリカに転勤になったので、海外から月1回、1週間、日本へスクーリングに通うことになった。家族にとって、信仰のチャレンジであったが、祈り、信じて前進することにした。経済的な問題は奇跡的に奨学金が与えられて解決された。また、妻の体調も守られ、彼女が神学校で学ぶことで、家族の信仰も成長させられた。何よりも、これまで仕事人間で、家族と過ごす時間が非常に少なかった自分に、家族を理解し、子育てを学ぶための、よいチャンスが与えられたことに感謝している。家族がグリニッジの教会に繋がることができ、暖かい交わりに支えられていることも本当に感謝である。

神の恵みをさらに期待して
  神に与えられた不可能と思われるような使命に向かって信仰を持って全力でチャレンジし、神の奇跡を体験することで、恵みはますます豊かになることを教えられてきた。不可能と思われるような神に与えられた使命にチャレンジすると、もう人間の力では限界というような状況に追い込まれ、理想と現実のギャップから葛藤を覚える。それでも、あせらず、あきらめず、なお神に信頼して、静かに祈り、聴き、神の時を待ちつつ、神に示されるすべてのことを疑わずつぶやかず行い続けるー人間の考えで、限界を作って、逃げないことーこれは信仰がなければできないと思う。

「神のご計画に従って召された人々のためには神がすべてのことを働かせて益としてくださる。(ローマ8:28)」―神様は我々の思うところ願うところをはるかに超えた計画をもっておられる。情報過多の現代にあって、神様が絶対導いていてくれるという信仰をぶれない軸としてもちつつ、日々チャレンジできることは本当に感謝だと思う。これからも医師として、神の癒しの担い手として用いられることを祈りつつ、全力で歩み続けたい。■


■夏の集会予定■
8/19B-21D 夏の子供バイブルキャンプ
【定例集会】
日曜礼拝 日曜/10:00〜11:30am
サンデースクール 日曜/11:30〜12:00pm
祈祷会 水曜/午前
【各種集会】
グリニッチ家庭集会 9/5金曜10:00am
グリニッチ聖書を読む会 金曜10:00am
スタンフォード聖書を読む会 火曜1:00pm
ハリソン聖書を読む会 隔週火曜 10:00am
会場:
ハリソン長老教会
ニューヘイブン聖書を読む会
月一回木曜10:00am 場所:日比野宅


ハートフォード聖書を読む会
  木曜10:30pm 場所:テイラー宅
メンズ・バイブル・フェローシップ
   水曜8:00PM & 土曜5:00PM
マウントキスコ聖書を読む会 
平野宅 (金)夜8:00PM
その他入門クラスを随時行っていま

ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて、あるいはWEBで!!
http://www.harvesttime.tv/
★お勧めウェブ放送局:BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/
CGNTV http://japan.cgntv.net/

《教会住所》グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)、 牧師 立石尚志
    
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830 website: http://www.jgclmi.com
《問い合わせ》 教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX (203)531-1609, e-mail: jgclmi@verizon.net