■グリニッチ便り■          No.139, 2008年4月号
Japanese Gospel Church of Greenwich グリニッチ福音キリスト教会


預かり物という考え方 グリニッチ福音キリスト教会 牧師 立石尚志
スチュワード(STEWARD)

という言葉を聞くと旅客機のスチュワーデスをまず連想するかも知れませんが、男性形の「スチュワード」はそもそも古くから「執事・家令」という意味で使われて来た言葉です。聖書において人間はこの「スチュワード」、つまり神が造られた世界を治める執事・家令・世話役として位置づけられています。

詩篇24:1 地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。

とあるように世界のオーナーは勿論神です。しかし神はそのすべての管理・運営を人間に任されました。人間は他のすべての動物と違い、他の動植物を支配し、環境に影響を及ぼすことの出きる絶大な力を与えられました。さらに人間は本能や自然法則に縛られず、他のものに働きかけ、創造的に生きる自由も与えられたのです。ただし、この絶大な力と自由によって自らに破滅を招くことが無いように、神は人間に歯止めとしてご自身への従順を命じられたのです(善悪の知識の木の規定)。

 ところで、神は私たちに一体「何」を体験させたい、と願われたのでしょうか。次の聖書箇所は将来に関する預言ですが、普遍的な真理が語られています。

イザヤ65:18a だから、わたしの創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ。

子供の喜ぶ顔を見たい親と同様、神はご自分の創造を通して私たちに楽しみと喜びを体験させたいのです。また

マタイ25:21主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

とあるように、神は私たちの良い働きをも喜ばれ、ご自身の喜びを私たちと分かち合いたいと願われるのです。

私の!MINE!! ALL MINE!!
 ところが聖書はこの喜びに満ちているはずの関係が壊れてしまったことを示しています。最初の夫婦がオーナーである神への従順を拒否して罪に落ちたのです。以降、人間は全てのものが、あたかも自分の物であるかのように勘違いするようになりました。幼児はよく他人の物をかたくなに「私の」と主張したりすることがありますが、この「私の」病は世界中の大人たちがかかっている病気なのです。貧しい国では「私の」病の重症患者である支配者層がいる反面、一般の人々は「自分の」と言える物が少ないため、比較的病の症状は軽く、少ない物を互いに喜んで分け合ったり、子供たちの目も生き生きしています。しかし豊かな国では子供から大人まで症状が重く、すべての物を持っていながらなお飽き足らず、富や名誉にも心がつながれ、ますます自己中心主義の穴に落ち込んで行っています。「私の」病からの唯一のいやしは、スチュワードとしての立場の再発見と再確立に掛かっているのです。

環境問題、親子関係、自分との関係
 仮に世界中の人が神に立ち返り、地球を神からの預かり物であることを思い出し、正しく管理すべきであると考え始めたらどうでしょうか。不要な領土争いはやみ、政治政策も共生と協調へと向かって行くでしょう。子供を自分の所有物ではなく、神から一時的に預かっているものと正しく捉え、愛を込めて育てる対象として考えるなら、親の勝手な自己実現の手段にするような愚かな考え方から自由になるでしょう。さらに自分自身・・・身体も能力も、時間、育ち、社会的身分に至る全てを神から一時的に預かっているものと理解し、神に喜ばれるよう正しく有益に用いていくという考え方に立つなら、生き方が大きく変わって行くのではないでしょうか。現在、多くの社会問題の根底に「私の命は私の物なのだからどうしようと勝手でしょ」という哲学があります。しかし人間はもともと自分の小さな頭で考えた小さな目的のために生きるためではなく、神に仕えるという栄誉ある働きのために存在しているのです。勿体ないことです。

天動説から地動説へ
 神を信じることはまさに人生のコペルニクス的展開です。自分を中心に世の中を理解する天動説から、へりくだって神に従う地動説への移行は一見束縛への移行に見えるのですが、本当は人生すべての領域に自由と解放をもたらすものなのです。神の目的の中にいてこそ、自分の生きる真の意味を見いだすことが出きるのです。■


証し
 ハートフォード集会 M.T.

私は小さい時からクリスチャンである母に連れられて教会に通っていたので、神様がいらっしゃることは初めから信じていました。その私が洗礼に導かれたのは今から17年前、中3の高校受験の時でした。

私は生まれた時から聾者です。私が通っていた聾話学校は手話を使わずに補聴器を最大限に活用する方針でした。それに加えて私が2歳で入学した頃から、幼稚園から全員普通校で健聴者と一緒に教育を受けることになり、健聴者と同じ教育を受けてきたので自分が聾者であることを時々忘れるほど普通にしてることが多くなりました。授業中に先生が話すことはほとんど聞き取れないので読唇か黒板に書いてあることだけが頼りでした。それでも、小さい時から英語が好きで聞き取りの部分はゼロに等しいにもかかわらず英語だけはよく勉強したものでした。高校選びも英語に力を入れてるミッションスクールを希望しましたが、偏差値は私のよりも上でした。どう見ても受からなさそうな学校を受けるのはどうかと悩む中で、母を初め周りの方に祈って頂きながら、その学校を見に行き、院長先生にもお会いして、自分が聾者であることを話したら、受験することを快諾してくださいました。同時に受験科目の英語にはテープでのヒアリングがあるので、学校側の配慮で、試験当日は英語だけ別室でアメリカ人の先生が私の前で直接ヒアリングテストをしてくださることになりました。

 入学試験を受けた当日、母に「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなる事を、あなたに告げよう。エレミヤ書33章3節」の御言葉をもらい、たくさんの方に祈られて意気揚々と出かけました。にもかかわらず、想像以上にできなかったのでかなりへこみながら放心状態で歩きながら校門を出ようとした時に、ある女の子が声をかけてきました。試験の出来具合を聞かれたので、できなかったことを話すと、彼女はこう言いました。「私達はベストを尽くしたのだから、後悔することはないよ。なぜかわからないけど、貴女ならきっと受かるような気がする。」と。自分もできなかったのに赤の他人である私を励ましてくれた彼女の優しさに私は痛く感動しました。

合格発表の日、見に行くと自分の番号はあったのですが、あの女の子の番号はありませんでした。自分は受かって彼女が落ちていたので複雑な気持ちでしたが、自分が受かったことは奇跡で神様に感謝しました。帰り道の駅で彼女を見かけた私は何といっていいかわからず戸惑っていた私に彼女から声をかけてくれました。私が受かったことを自分の事のように喜んでくれました。そして自分は落ちたけれども頑張るつもりだから私も頑張って欲しいと涙を流しながら、素敵な笑顔と記念にとくれた小さな小銭入れを残して去っていきました。そんな彼女の後ろ姿に呆然と見入っていると、突然心の底から温かいものが溢れてきました。試験ができずにものすごく落ち込んだ時には励まして下さり、試験が受かってものすごく嬉しかった時には共に喜んで下さったイエス様が、彼女を通して私にご自身を現してくださったのです。この出来事を通して私は生涯をイエス様と共に歩むことを決心したのでした。

洗礼を受けてから、私の本当の苦しみが始まりました。初めにも話したように普通っぽく育ってきた私でしたが、自分がどれだけ周りの状況を理解しているのか自分自身でもわかっておらず、自分がわかってないこともわからなかったのです。今思えば半分も理解してなかったと思います。自分の周りにいる人たちと少しでも同じになることを強く望んでいる自分がいたのでしょうか。中学時代から聾である自分を恥ずかしく思うからか、自信がない自分を受け入れられず、見栄をはったり、わかってるような振りをしたり、嘘をついたりしながら自分を高く見せようとするようになり、自分の心と外側のギャップがどんどん大きくなっていき、苦しみました。

希望通りの高校に入ってからはその傾向がさらに強くなって、自分のそういった「罪」がいつも心の中に重くのしかかるようになりました。聖書には悔い改めればキリストの十字架が罪を解放してくださり真の自由が与えられると書いてあるにもかかわらず、悔い改めれば悔い改めるほどますます苦しくなっていくのでどうしていいかわからず、途方に暮れたものです。その中でも主は確実に私の心に何度も語りかけてくださっていたのですが、強い自我との確執に悩みました。まだどこかで自分の力で何とかしようとしていた自分がいたのですね。こんな簡単には赦されないと自分で思いこんでいました。

そんな時に教会の青年会主宰のスキーキャンプに出かけました。そこでたくさんの青年たちが主を賛美し、証を分かち合い、スキーをしながらグループで楽しそうにしているのを見て、彼らの話している事が聞こえない私はものすごい孤独感を味わい、複雑な気持ちになりました。家に帰ってきてから、そんな私の苦しい胸中にある思いを母にぶつけました。今までは母に聞いてもらうことで気分が落ち着いたのですが、この時はそれでも気分がよくならず、聖書を手にとって読み始めました。そんな私の目に飛んできた御言葉は詩篇77篇1節から4節でした。 「私は神に向かい声をあげて、叫ぶ。私が神に向かって声をあげると、神は聞かれる。苦難の日に、私は主を尋ね求め、夜には、たゆむことなく手を差し伸ばしたが、私のたましいは慰めを拒んだ。私は神を思い起こして嘆き、思いを潜めて、私の霊は衰え果てる。」

自分が聾者であることを喜べないし、喜ぶつもりもないし、受け入れるつもりも無いとひたすら拒んでいる自分がいました。このどうしようもない苦しみを主はちゃんとわかっておられることをここを読んではっきり悟りました。そんな私に、神様はただ一言「それでいいのだよ。」と言ってくださったような気がしたのです。初めの頃の証では、自分の障害は神様から与えられたプレゼントなのだから誇りに思っているし、喜んでいると話していました。ですが、実際は苦しくてしょうがないほど私の心はもがき苦しみ、叫んでいたのです。自分でもその叫びに気がづきませんでした。神様にさえも見栄を張っていたのでした。私のたましいはどんな慰めをも拒んでいたのです。主の慰めをさえも・・・モヤモヤしていた気持ちが晴れやかになり、不思議なほどすーっと落ち着いていくのがわかりました。気負いが取れて真っ白になった私に主は静かに、かつ力強くこの御言葉を語ってくださいました。 「そのとき私は言った。私の弱いのは、いと高き方の右の手が変わったことによる。私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。私は、あなたのなさったすべてのことに思いをめぐらし、あなたのみわざを、静かに考えよう。詩篇77篇10-12節」

大きな平安に包まれました。この時から私は神様にすべてを明け渡し、親密に語り合うことができるようになりました。この障害の苦しみは人に話しても解決はないし、話を聞く人にとっては重いだけで何ももたらしません。しかし、この苦しみをよくわかっておられる神様だけが私に世が与える平安とは違った真実の慰めと平安を下さいます。今でも聞こえないことでたくさんの不自由な思いを強いられています。そして私はそのことを喜ぶつもりはないし、やはり大変なことです。それでも主はありのままを受け入れてくださることに私は大きな慰めを頂いています。

主人とは日本の会社で知り合い、結婚し、2000年の暮れに引越してきました。私が住むウィンザーロックははっきり言って超田舎です。何もないところです。便利な東京から来た私にとっては初めの3年は自分の車もなく、どこへも行かれなく、本当に大変でした。そんな中で私にできることはひたすら聖書を読み、イエス様とお話しすることでした。そのような状況に主はあえて私を置いてくださり、私の信仰を育ててくださいました。3人の子供が次々に与えられ、育児に追われながらも子供たちのことについて忍耐強く祈ることを教えられる毎日です。

近くにあるイギリス国教会に5年間通っていましたが、3人の子供をつれての英語の礼拝はただでさえ聞きとれない私にとっては負担となり、疲れ果ててしまいました。礼拝が終わって帰ると夫に「いつもイライラしているね。それだったら教会に行く意味がないんじゃないの?」と言われ、それでは夫に対して証にならないと思わされ、その教会には、今は行っていません。それからは日本で日曜学校の先生をやっていた経験を生かして家で3人の子供たちに日曜学校をやり続けています。毎週通える教会がいつか与えられることを祈り求めています。

そんな私を主は哀れんでくださり、2006年1月から立石先生が我が家で月に一度のバイブルスタディを始めてくださいました。母国語で聖書の学びができることは素晴らしいことで、この学びを通してたくさんのことを教えられ、考えさせられ、信仰において成長させられます。グリニッヂ日本語教会の皆さまにいつもお祈りいただいていることをこの場をお借りして心から感謝します。■


■4月〜6月春の集会予定■

4/12 (土)〜5/31(土) 9:30am〜
 キリスト教教養講座
  春コース8回・開講(別紙参照)

5/25 (日) 10:00am 日曜礼拝
 Guest Speaker : 原田憲夫師

6/22 (日) 2:30〜5:30pm
 
夏の子どもお楽しみ会(別紙参照)

【定例集会】
★ 日曜礼拝 日曜/10:00〜11:30am
★ サンデースクール 日曜/11:30〜12:00pm
 大人、子供それぞれのクラスに分かれます
 
【各種集会】
グリニッチ家庭集会(場所は電話で)
   5/23(金)10:00am、6/6(金)10:00am
グリニッチ聖書を読む会 金曜10:00am
  (場所は電話でご確認ください)
スタンフォード聖書を読む会
毎週火曜1:00pm 場所:井上宅
ハリソン聖書を読む会
隔週火曜 10:00am 4/22(火).5/6(火),20(火)
 場所:ハリソン長老教会
ニューヘイブン聖書を読む会
月一回木曜10:00am 場所:日比野宅
ハートフォード聖書を読む会
  4/17D 10:30pm 場所:テイラー宅
メンズ・バイブル・フェローシップ
 4/16 (水) 8:00pm 荒木宅
  5/3 (土) 5:00pm 荒木宅
 5/14 (水) 8:00pm 教会
5/31 (土) 5:00pm 鳥居宅


夏の子供バイブルキャンプ 8/19(火)〜21(木) (別紙参照)
ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて、あるいはWEBで!!
 
http://www.harvesttime.tv/
★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局: 
BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/
《教会住所》
グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)、 牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830
website: www.jgclmi.com

《問い合わせ》
教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX (203)531-1609
e-mail:
jgclmi@verizon.net