■グリニッチ便り■ (No.129, 2006年6-7月号)
グリニッチ福音キリスト教会 グリニッチ福音キリスト教会牧師
Japanese Gospel Church of Greenwich


どんな人間でも愛し、用いてくださる方  立石尚志

 私は現在、なるべく週三回はプールに通うようにしている。それなりにスピードも出し、一回1キロ、ほぼ30分で四種目を順々に泳ぐ。牧師になって以来、14年間続けている健康維持法であり、今後も続けて行きたいと思っている。

 しかしこの水泳、自分にとっては「挫折」の象徴でもある。高校入学時、私は無謀にも水泳部に入った。レース経験もクラブに属していたこともなく、待ち受けていた「競泳」の世界は全く予期していなかったほど厳しいものだった。毎日の練習は食事がのどを通らなくなるほどきつく、回りは中学時代から泳いで来た連中ばかりでついて行くのがやっとの状況。よくトイレに逃げ込んだものだ。コーチから背泳選手がいないからと言われ背泳専門になった。初夏、ぎりぎり試合ができる水温17度C、東京中の高校から「肩幅オバケ」みたいな選手たちが集まる代々木プールでの競泳大会で、私は背泳ぎ100mに出場することになった。

 背泳ぎのスタートは水の中から。ぱーんと鉄砲がなり、勢いよく飛び出したが遅いため、先を泳ぐ者たちの波をもろにかぶり、迂闊にも水を飲んでしまった。ごほごほと激しく咳き込み、水の冷たさにおぼれてしまう!という恐怖に襲われた。何とか50mのターンはしたものの前半で力を出し切ってしまい、最後の25mは腕がまったく上がらない状態だった。いったいどうやってゴールまでたどり着いたのかすら覚えていないが、8人中6位だった。

 次に出場予定だった自由形50mは棄権した。どんなに「頑張れよ!」「何やってんだ!」と言われても新米兵士が戦場で経験する恐怖のごとく、精神的な恐怖で体が動かなかったのだ。
 それでも水泳部には高2の二学期まで在籍していた。相変わらずトイレは友だち、足がつったふりもよくした。よい仲間もできるはずもなく、自らの記録に挑戦する動機付けも消え、コーチが嫌いな上、インターハイを目指す「肩幅オバケ」の後輩たちが入ってくる中、私は敗者としてクラブを去った。恐怖心、敗北、逃亡、ごまかし。勝てない、頑張れない、耐えられない。だめな自分。嫌われ者。「水泳」について回るのはこれらの記憶である。

 しかし振り返って見えてくるのは、神の恵みと憐れみだ。水泳部での苦しみがちょうど始まる頃、私は高校一年で洗礼を受けた。スポーツ刈りだった。クラブでの苦しみは、私を聖書に向かわせる一つの動機付けにもなった。あれから28年、成長は遅々たるもので、残念ながら未だに目を覆いたくなる弱さや足りなさもある。だが独りぼっちではない。神の御霊が内側に住んでくださり、聖書の言葉で励まされ、慰められる。しかも私という人間がちゃんと成長するよう、主は様々な訓練を実に周到に用意してくださっている。神は世界中で最も優れた個人コーチとなってくださった。

 最後になるが、このようなわけで、全てのことを益とされる神様をこれから大人になる中高生たちに、ますます熱心に紹介していきたい。(ちなみに水泳部では極めて科学的で優れた訓練を受けていたことだけは付け加えておく。今も十分通用している。)■

1コリント10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
堅信礼の証し Y.F.姉  堅信礼 2006年3月26日  

●1988年の4月に家族は父親の転勤で日本からアメリカへ引っ越してきました。小さい頃から教会に行っていた母親は引っ越してきた直後にグリニッチ付近にある教会を探し、アメリカ人の教会へ通うようになりました。そして1989年の1月に私はグリニッチ病院で生まれ、母親とお兄ちゃん3人で教会へ通いはじめました。私が5歳になった時に両親は離婚をし、色々と騒がしくなりましたが、それでも私達は教会へ通い続けました。お兄ちゃんは8年生になった時に洗礼を受けてクリスチャンになりました。お兄ちゃんのその姿をみて、私も洗礼を受けたくなりました。私は牧師さんのところへ行って「私はクリスチャンじゃないから、神様に愛されないのですか?」と聞きました。別に深い意味で言った訳でもないのですがそれを聴いた牧師さんは私の手を握り締め、祈り始めました。

●洗礼というのは、イエス・キリストを自分の救い主だと認め、主なる神様を自分の唯一の神と信じ、神様に従って生きることを決意する事です。私は数週間後、洗礼の意味もわからないまま、なんとなく洗礼を受けてしまいました。それは1997年の事で私は8歳でした。洗礼を受ける時、何か良い事が起こるんじゃないかと期待していたのですが、頭にお水をぺちゃっとつけられただけなのでガッカリしてしまいました。その後教会へ行く機会が少なくなり、気がつけば完全に行かなくなっていました。

●小学校を無事卒業し、私は中学校へ入学しました。8年生になった私は、人間関係について悩まされました。人を失う悲しさを知り、複雑な気持ちを抱えたまま高校へ入学しました。

●9年生になった時、色んなアメリカ人が私と親しくしてくれました。なんとなく普通な生活を送っていた、と言えばいいのでしょうか。なんとなく新しい友達と遊んで、なんとなく勉強を頑張ってたのですが、なんとなくという事が多く、本当に楽しめることはありませんでした。その頃には神様の存在は完全に忘れており友達と宗教の話になると、「そういえば昔教会行ってたなー」と軽く思い出すくらいでした。

●9年生の終わりに、友達関係で複雑な事が起こり始めました。日本人がとても多い高校でしたが、当時の私はアメリカ人とばかり遊んでいて、日本人と遊ぶ事はありませんでした。しかしある日、グリニッチの日本人学校から転校してきた女の子と仲良くなり、その子を通して日本人たちと仲良くなりました。その子たちとは趣味や価値観が合い、とても心地良かったです。アメリカ人の友達はそんな私の異変に気づき、廊下ですれ違うたびに変な視線でみられるようになり、とても気まずくなりました。

●10年生になった頃にはアメリカ人と遊ぶ事はなくなり、日本人ばかりと過ごすようになりました。毎日がとても楽しく、人を笑わせるのが好きな私は、いつもお昼ご飯中や放課後はふざけてました。いつも笑っている私を見て、以前友達だったアメリカ人に裏切り者と言われ凄く傷つきました。人間は何故そんなに冷たくなれるのでしょうか。アメリカ人とも仲良くしていたかったのですが、多くの子は私を無視するようになり、完全に嫌われたのではないかと思って落ち込みました。

●悩んでばかりの私は、誰にも助けを求めませんでした。他人を頼るのがとても苦手だったので、次第に自分の中へ引きこもるようになり、上辺ではいっぱい笑ってましたが、本当はとても苦しかったのです。解決法を思いつかなかった私は自傷行為へと走りました。気がつけば日常生活を普通に過ごす事ができなくなっており美味しくゴハンを食べられず、眠れない日々が多くなりました。朝が来るのが嫌で、外へ出るのも怖がり、皆に見られてるんじゃないかと不安でした。いつも不安定で家族と喧嘩する事が多くなり皆をいつも怒らせていました。栄養不調でストレスを物凄く溜め込んでいた私は疲れはじめ、生きる意味を失ってしまいました。

●2005年の2月にニュージャージー州にいるお医者さんに通うようになりました。「今はどんな気持ちですか?此処に居る事をどう思いますか?」など軽い質問をいっぱいされました。本当の気持ちを全く教えたくなかったので適当に答えていたのですがもちろんプロフェッシェナルであった先生には隠しきれませんでした。2回目の診察で緊急入院しなければならないと言われました。一番辛かったのは家族をガッカリさせた事です。とても悲しかったです。更に自己嫌悪に陥って、完全に希望を失ってしまいました。

●体調が良くなりすぐ退院しましたが再入院をしてしまい、それを4回繰り返しました。入院したところはカトリックの病院で、週に1回に神父さんが来てくれてました。私のお部屋に入ってきた時、詳しく宗教について説明されるのではないかと思ったのですが、そうでもありませんでした。神父さんは私にこう聞いてきました。「神様はいると思いますか?」私はこう答えました。「いないと思います。いたとしたら、私を暗闇に置き去りにするはずがない」と。神父さんは何も言いませんでした。

●夏の間にお母さんが病院にいる私に電話をくれました。「グリニッチにある日本人教会への招待が来たんだけど、今度行ってみない?」と聞かれました。学校以外の日本人とは殆ど接した事がなく、ピュアな大人ばかりってイメージがあったので、最初は行こうか迷いましたが、お母さんが安心感を与えてくれたので行く事にしました。最後の退院から5日後の7月10日2005年に初めてこの教会へ足を運びました。すごく緊張しましたが、皆は暖かく私を受け入れてくれたので、とても嬉しかったです。

●しばらく通い続けたのですが、一つ問題がありました。いまいち神様を信じる事ができなかったのです。学校には同年代の日本人のクリスチャンがいなかったのですが、そんな中、他の日本人教会へ通っている中高生が居るのを聞きました。月1回にニューヨークとニュージャージーの中高生で集まり会をしていたらしく、秋から参加するようになりました。一番印象に残っているのは11月末にニュージャージー教会でロックインをした時の事です。新しい友達とお喋りをしたり、楽しくゲームをしたりした後にインフォーマルな証会がはじまりました。

●一番目の人の話を皆は真面目に聞いていました。証をするにはとても勇気が必要だと思うのですが、スラスラと話せた彼がかっこよく見えました。彼が終わった後にしばらく長い沈黙が続きました。そこで私は手をあげて勇気を振り絞って証をしました。どう思われるか心配でしたが、本当の自分を知ってもらえて嬉しかったのと、証をしていたら自然と涙が出てきました。そのロックインのお陰で、神様は本当に居るのだ、そしてイエス様は私たちの救い主なのだと分かりました。

●私は入院中、神父さんに「暗闇に置き去りにされたから神様はいない」と言いましたが、詩篇139篇12節にはこう書かれています。

「あなたにとっては、闇も暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗闇も光も同じことです。」

強く心を撃たれました。神様にとり、暗闇も光だったとするなら、私が今まで経験したものに何の意味があるのだろうと考えました。そこで母親はエレミヤ29:11を教えてくれました。

「わたしはあなたのために立てている計画をよく知っている。それは災いではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」

過去は嫌なものと思っていた私でしたが、エレミヤ書を読んでからは、そんな過去があったからこそ今の自分がいるのだと実感し、今ではその過去を誇りに思ってます。

●この日のために、私は去年の秋から立石先生とカンファメーション・クラスを行って、イエス様が自分のために十字架について下さった事を勉強しました。本当は1月の私のお誕生日に堅信礼を行うつもりだったのですが、もう少し聖書を読んでからにしたかったのです。今は毎日少なくとも3回は祈っています。祈る事はとても大切です。私は、毎日アメリカ人と仲直りがしたいと祈りました。そうしたらある日、久しぶりに中学校が一緒だった子が私に話しかけてきて、お昼時間を一緒に過ごす事ができました。やはり神様の力は無限です。

●私は教会へ通い始めてから1回も入院してませんし、とても元気にやってます。落ち込む時もありますが、その時は祈ります。不思議な事に、祈った後は安らぎを感じるのです。そしてもっと素直になれました。全ては神様のお陰です。教会へ通えば通うほどいろいろなことに気づかされます。私にはとても素晴らしい家族がいて心の底から信頼できる友達もいて、そして神様がついている。とても恵まれてるのだと実感しました。これほど嬉しい事はありません。これからも神様のご計画通りに人生を歩みたいと思っています。ありがとうございました。■


(FINE PRINT・ただし書き)誰が天国に行くのか!? byHT
「なぜクリスチャンたちは自分たちだけが救われるなどと了見の狭いことを言うのか?そんなことを言うから嫌われるんだ!」と批判を受けることがある。クリスチャンなら「いや、天国は誰にでも門戸を開いているんですよ。あなたも、ただ で天国にいけるんですよ」と答え、天国について説明するだろう。しかし肝心のイエスを信じ、神に従うという所まで来るといやだ、という人が結構多い。

 しかしそれでいて「排他的で困る」というのは困る。なぜか。そもそも天国は神がいるところだからだ。聖書で天国を「神の国」と表現するのはこのためだ。聖書は神がもっともすばらしいお方であり、愛情深く、赦しに富み、正義であり、創造力に満ちておられ、何より人間が喜ぶのを喜ぶお方だと教えている。こんな神のもとに行けるのならこれほど素晴らしいことはないではないか。幸福の永久保証、これが天国なのだが、問題は「神がそこにおられる」と言うことである。

 嫌いな人とどうしても一緒にいなければならない状態を人はよく「地獄」と呼ぶ。だから親子関係、夫婦関係、また会社や学校が地獄になっているという人は少なくない。そうなると、神を拒絶したい人がもし天国に行ってしまったら、それは当人にとり永遠の「地獄」を意味することになってしまう。神を拒絶する人にとって神不在の場所こそ「天国」となる。教室から先生がいなくなったとき「やった〜天国だ!」と大喜びした経験は誰にでもある(?)と思うがそれと同じだ。ただし、無法地帯化するには時間がかからなかったことも思い出してほしい。キリストは絶対にそこには行くなと聖書中最も強い調子で私たちに警告している。神不在の恐ろしさを今一度思い巡らしていただきたい。■

2006年6月、 7月、8月の集会予定    (変更の可能性もありますので電話でご確認ください)
礼 拝 日曜日 10:00am〜11:15am
サンデースクール 日曜日 11:20am〜12:00pm
   
※大人、子供はそれぞれクラスに分かれます
祈り会  グリニッチ/水曜10:00am ニューヘイブン/木曜 (第 2,4,5) 12:00pm
各種集会
グリニッチ家庭集会
(場所はTELで) 原則第一金曜 10:00am 6/2 、7/7
ハリソン聖書研究会 隔週火曜 10:00am 6/6、6/20、5/23 場所:ハリソン長老教会
グリニッチ聖書研究会
(場所はTELで) 第2,3,4金曜 10:00am
ニューヘイブン聖書研究会
(場所TEL) 原則第一、第三木曜 11:00am
シニアシチズン聖書研究会 毎週火曜1:00pm 場所:井上宅
ハートフォード家庭集会 6/13 B 1:00pm 7、8月休み 場所:テイラー麻生子宅

※上記以外にも週の間に、入門クラス、聖書研究会が定期的に行われています。夏の間は不定期になりますので、お問い合せは下記、教会か牧師宅(立石)までお願いします。

★6/25 @ 2時半〜5時半 子どもお楽しみ会!プレキャンプ
  ゲーム、お話、工作、アイスクリーム、スイカ割りなど楽しい企画がいっぱい!
7/02 @ 礼拝 10時00分 特別メッセンジャー 錦織 学先生
8/22B〜24D 夏 バイブルキャンプ 対象:年長〜小学生
9/2F-4A 東海岸日本語教会合同ファミリーキャンフ
★ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて
★教会のホームページも少しずつアップデートしています
★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局:

BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/
《教会住所》グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830 website: www.jgclmi.com
《問い合わせ》 教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX (203)531-1609, e-mail: jgclmi@verizon.net