■グリニッチ便り■ (No.125, 2005年9ー10月号)グリニッチ福音キリスト教会
Japanese Gospel Church of Greenwich 
           


完全なる救い グリニッチ福音キリスト教会牧師 立石尚志
KATRINA & 9/11と「救い」
今年2005年の秋口は今なお南部三州を襲い、ニューオリンズを壊滅状態に陥れたハリケーンの話題と後始末で騒然としている。多くの人が全てを失い、一からやり直さなければならない現実を前にどれほど悲嘆していることであろうか。私達の教会も出来ることをしていきたいと願っている。時同じく、9/11の四周年も迎えた。今、米国は災害の種類を問わず、テロ、自然災害が起きた際の「救済計画」の見直しと策定にやっきである。21世紀に入りバラ色の未来が到来するかわりに、さまざまな苦難、困難からの「救い」が最も取り組まなければならない人々の現実になってきている。今回、なぜ自分たちが「第三世界さながら」の対応しかできなかったのか、と多くの人が問うているが、米国は世界一の国であるという自負ゆえにこれからも起こるであろう様々な事態に対して、考え得る最善の救済計画、より完全な「救い」の計画を立てて行かざるを得ない。

完全なる救い
ところで聖書は「救い」のストーリーである。「救われる」ための「福音」がキリスト教の核心であり、その福音は、神の御子キリストの身代わりの死を信じる信仰により「神の子ども」としての立場が回復する、というメッセージである。福音がもたらす救いは実に広い範囲に及ぶ。それは、1)自分自身の中にある罪と悪からの救い、2)空虚な人生からの救い、3)死と死の恐怖からの救い、4)負いきれない責任からの救い、5)壊れた人間関係からの救い、6)病や障害、悪霊からの救い、7)さらに滅び行く「今の世界」からの救い・・・まだまだ続くが、ヘブル人への手紙7章25節には次のようにある。

したがって、(*キリストは)ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。*()内は前節より

人間がどんなに技術の粋を集めてみても実現不可能な「完全な救い」を神は人に与えることが出来ると言っている。神の救いがどれほど完全であり徹底したものであるかは、キリストの救いを体験し、神と共に歩み続ける人々によって
体験され、ますます深く理解されていくものである。

自由意志の問題
しかし、どんなに救いが完全であったにしても「人の意志」という究極的な問題が残されている。聖書の申命記30章19-20節に、

私(*モーセ)は、きょう、あなたがた(*イスラエル民族)に対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためだ。 *筆者が説明のために追加

とある。そもそも人間の脳が危険と死を最優先して回避するように配線されていたなら問題は起きなかったかもしれない。しかしエデンの園の「善悪の知識の木」の実に関する教えを通して、人間には他の動物とは違い「自由意志」が与えられており、人間は「死」すらも選べるように創造されていることが明らかにされている。人が「いのちを無駄使いする」ことができるのも、「犠牲的な死」を遂げることができるのもこのためである。神はこの能力を人に与えた上で「いのちを選びなさい」と人に訴えている。

今回のハリケーンで多くの被害者が出てしまった直接の原因は、全く動きようの無かった人々を除き、実に多くの人が退去命令に従わなかったという動かし難い事実にある。超大型ハリケーンが直撃し、堤防が決壊したら警察も消防も救急もなすすべがないことは予め警告されていた。ハリケーン上陸前夜、ニューオリンズ市長はくり返し町を捨てて逃げるようラジオで懇願していた。私は教会の事務室で、それほどの大事態なのかという思いで訴えを聞いていた。大勢の人々が従い、高速道路は大渋滞となったが、何時間掛かろうと逃げた人々は無事だった。その後、町に通じる唯一の高速道路では橋桁が数多く落ち、神戸地震の時さながらに全く使い物にならなくなった。それでも逃げないことを選んだ人がいた。その人々のゆえに、本来行う必要のなかった救援活動を、救援が遅いと非難が飛び交う中、続けなければならなかった「当局の苦労」を正直感じないわけには行かない。
裏面に続く▼


証し S.N.姉\/教会員

私の父母は台湾人で、私は台北で生まれました。台北はとても仏教色の濃い所で、父母を初め、まわりの者は廟(びょう)やお寺参りに熱心でした。廟というのは古めかしい建物の中にお釈迦様や観音様等の神々が祭られ、線香がもうもうと焚かれ、人々が自分の願い事ばかり、例えば、主人の事業が成功するよう、子供が良い大学へ入れるよう、良い結婚相手が見つかるよう、と必至に祈るところです。異様な雰囲気が漂い、本当にキリスト教とは縁遠い所でした。

大学卒業後、私は二回結婚しました。初めは中国人で大学の同級生でした。でも金銭問題でさんざん苦労したあげく離婚しました。二回目はアメリカ人で、アメリカに渡るチャンスが与えられました。そこで子育てや自分の学業に励みました。その後主人は東京勤務となり、私も8年間日本に住み、そこで日本をよく知るようになりました。
しかし夢のような幸福な人生も長くは続きませんでした。アメリカに戻り、主人は自分の事業を始め、常にNew York と東京を往復するようになり、80%は留守でした。私の知らない間に女性が出来、家に戻らなくなりました。私は生活費を断たれ、その上に離婚を迫られ、女手一つで子供たちの養育費や学費を稼がなければならなくなりました。「ああ、大変、知らない異国で捨てられた!」と私は悲嘆をし、何度も自殺を考えましたが、子供たちのために実行できませんでした。その時に主イエス・キリストを知っていれば、私の人生はまた違った展開をしていたかもしれません。

しかし何とか私の細々とした給料と子供たちの奨学金とで、一番苦しい数年間を切り抜けることが出来ました。私を離れて去った主人は何年も経たぬうちに、心臓病でアッと言う間に他界しました。でも私には立派な大学を出た子供たちが私の宝として残り、苦労をした甲斐はほんとうにありました。しかし私の人生は漠然とした空しいものだったのです。私には霊的な心の支えが必要でした。私はきっと渇かない水を求めていたのだと思います。

 私とキリスト教の出会いは、四年前ロスで弟に川原牧師を紹介してもらったことを通してでした。川原先生はさらにこのグリニッチの教会と近藤牧師を紹介して下さり、主のお導きで、信仰告白をし、2000年の11月12日に近藤先生に洗礼をして頂きました。私はイエスを私の救い主とし、イエスを信じる者は彼によって、永遠の命を与えられることを確信し今、第二の意義ある人生を歩んでいます。

霊的成長のためには聖書の学びも必要でした。立石牧師が後任で来られたことにより、すばらしい聖研のチャンスを与えられ、Senior Citizen's Seiken にて「基礎の学び」と「確信の学び」「信仰の歩み」そしてやっと「マルコの学び」を終えました。神に深く感謝します。クリスチャンとなって心に平安が与えられ、神に感謝します。祈るようにもなり、聖書もずいぶん読みましたが、私はまだまだ霊的に成長していません。でも神はこんな私でも愛してくださっています。
自分が変わってきたことも最近、気づくようになりました。善悪の区別がつくようになり、人を赦せるようになりました。神はいつでも私の側にいて、何らかの形で私を導き助けてくださることも今ではわかります。特に私が高速道路の運転中、危機一髪で事故の難を逃れましたことが何度もありました。そういう時ほど、神を身近に感じたことはありません。神は私の知らない所で私に沢山の恵みを与えてくださいました。この例も恵みのひとつです。ある日曜日の朝、私は車を飛ばして教会へ向かう所でした。で、すぐにPOLICEに捕まりました。スピード違反のチケットをもらう寸前に私はひとこと言いました。「OFFICER, 早くしてよ。私はこれから教会に行くんだから。」POLICEの方はそれを聞くと、私に優しく言いました。「じゃ、スピードチケットはいいよ。これから絶対にスピードを出さないで!!」神さま、本当にありがとう、深く感謝します。

いろいろな教会の奉仕を支えて来られた四宮一家が日本へお帰りになり、私たちグリニッチ教会は大変な人手不足になりました。私も皆さまといっしょに一生懸命、神に祈り、皆さまで心合わせて精神的に経済的にこの教会を支えて生きたいとお願い致します。この難関も神が私達に与えてくださった試練の一つです。
あなたがたの会った試練はみな、人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなた方を耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ耐えることのできるように試練と共に脱出の道も備えてくださいます。第一コリント10:13
神の深い愛とイエスの豊かな恵みに感謝します!■

流行らないメッセージ
 
▼表からの続き 
アメリカのテレビ局はハリケーン直撃予報のたびに「あなたは逃げますか、それとも TRY TO RIDE IT OUT しますか(逃げずに乗り切るつもりか)」と人々にインタビューする。それぞれの人の決断に対してどのような結果が待っているか?というところにエンターテインメント性があるからだろう。「お上」に従順な日本人にはちょっと理解しづらい部分である。今回、退去できたのにしなかった人々は、いわば自分の限られた知恵と経験に基づいて決断をした。運良く助かった人たちは、二度と... と反省しているか、ますます自信過剰になるか、のどちらかであろう。彼らにはいずれにしても、もう一度、チャンスが与えられた。

聖書は人類がすでに一度、神の警告を無視したことを述べている。「生」に伴う苦しみと確実な死は、その不従順の結果であると教えられている。しかし聖書のメッセージはそこでは終わらない。その苦しみと死からの「完全な救い」として「福音」が語られている。但し、その「福音」というコインの裏側は、不従順を続けた場合にもたらされる徹底的な破壊と悲惨、そして死と永遠の刑罰の警告でもある。裁きのメッセージは確かに流行らないがキリストはその裁きについてマタイ5章30節ではっきりと、

もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。

と教えた。実は悪いことをする右手を切ってしまえば天国に行ける、という意味ではなく、神の裁きをやり過ごすことができると思ったら大まちがいであり、神の裁きは何が何でも逃れなければならないものだ、という意味である。ではどうやって逃れるのか。それは、キリストという箱舟、避難シェルターに逃げ込む、というのがその方法である。キリストが私達が受けるはずの神の燃える怒りの一切を、私達の代わりに受けて下さったことにより、私達にその裁きが及ばなくて済む、ということなのだ。

セントルイスのスーパードームには水も食料もなかった。洪水を逃れた人たちにとり、提供された救いは不完全であった。しかしどの道、そこはいつまでも居るべきところではなかった。一方、キリストというシェルターでは完全な救いが提供される。そして、ここに聖書の秘密がある! 実はこのシェルターはいつまでも居ていいところであり、一見「内側」に見えるシェルターの中にこそ人間の真の幸福と無限の可能性が広がっている。自由だと思っていた外の世界こそが自分を縛り付けていたのだ。あなたはすでに「中」に入って、本当の意味で「外」に踏み出しただろうか。神の完全な救いを是非、経験していただきたい!■


2005年9月、 10月の集会予定 (変更の可能性もありますので電話でご確認ください)

礼 拝   日曜日 10:00am〜11:15am
サンデースクール 11:20am〜12:00pm ※
   ※ 大人、子供はそれぞれクラスに分かれます
祈 り 会 グリニッチ/水曜10:00am
    ニューヘイブン/木曜 (第 2,4,5) 12:00pm
各種集会 上記以外、週の間に多くの家庭集会、各種聖書研究会が定期的に行われています。

★2005年秋の親睦会 on Columbus Day Weekend!
 日時:10月9日@午後出発〜10日A夕方帰着
 会場:ニュージャージー州スクーリーズマウンテン
リーベンゼラミッション・ゲストハウス
 紅葉を楽しみつつ、聖書を学びつつ、親睦の時を持ちます!
お問い合わせください

★ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて見ることが出来ます ★教会のホームページも少しずつアップデートしています ★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局:
BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/

《教会住所》グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830 website: www.jgclmi.com
《問い合わせ》 教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX(203)531-1609, e-mail: greenwichjgc@verizon.net