■グリニッチ便り■ (No.124, 2005年6ー7月号)グリニッチ福音キリスト教会

Japanese Gospel Church of Greenwich


日米教育比較考/30年前の帰国子女からの視点
グリニッチ福音キリスト教会牧師 立石尚志
●アメリカ人のかつての常識
年輩者の米国人なら誰もが知っているが、若い世代は聞いたこともないというような格言は案外多い。中でも「黄金律」The Golden Rule と呼ばれるキリストの言葉
(マタイ伝7章12節)は、日米の価値観の基本的な違いを考える上で、また現代アメリカの道徳的状態を理解するために鍵となる格言であると思う。というのは、つい数十年前まで多くの公立学校の教室の壁には次のように書かれた簡素なポスターが掲げられていたりしたのだ。

"Remember the Golden Rule:
Do unto others as you would have them to do unto you."

「黄金律を覚えておきましょう。自分にしてもらいたいことは、他の人にもそのようにしてあげなさい。」


私も30年以上前、米国の小中学校で Golden Rule という言葉をよく耳にし、当時は十分な理解には至らなかったものの、少なくとも意味について思い巡らしたことがあったことを覚えている。

●想像力、創造性、積極性を育てる
さて、この黄金律であるが、ある状況の中で「自分だったらどのようにしてもらいたいか」と考えることから始まる。そうなるとまず刺激されるのが想像力である。次に「では、あの人にどんなことをして上げられるだろうか」とあれこれ思いめぐらすことで創造性が刺激され、さらにただ眺めていないで「DO/行え」と命じられることにより積極性が育つ。黄金律は想像力、創造性、積極性を刺激する極めて有益な教えなのである。「なるほど、だからアメリカ人は...」と頷いている方もおられるかもしれない。人助けに関してはアメリカ人はとにかく腰が軽い。かつてのアメリカ人らは幼少から教会や学校で黄金律を実践することを訓練されていたのである。ゆえに「黄金律」と呼ばれ、長い間、彼らの心の羅針盤として役割を果たしてきた。

●似ていて否なるもの
ところで似てはいるが、全く異なった教えがある。それは「人に迷惑をかけることだけはしないように」という日本人なら誰もが言われてきたものである。大切な教えではあるが、行動を抑制するという意味では消極的な善であり、積極的な善さえも抑制しかねない。誰かが困っていたとしても、助けたらかえって迷惑になるのではないか、お節介になるのではないか、と心配するあまり、結局手足が縛られて何も出来なくなってしまう。
最近、国際結婚され、こちらに在住している二人の方との出会いがあった。お二人に共通していたのは彼女らが20年以上前の「帰国子女」であり、帰国して同じような「いじめ」にあったという体験を持っていたことであった。友だちがいじめられていたのを見て、停めに入ったら逆に自分がいじめられるはめになった。そして自分がいじめられているのを見ても...誰も助けてくれなかった...。実は私も同じことを経験したことがあった。米国滞在中は否応なしに日本人であることを意識させられ、淡い愛国心すら芽生えていたのだが、帰国し、その「日本」から拒絶され、愛憎の狭間で苦しんだ。米国育ちの帰国子女たちの間では決して珍しい話しではないように思う。日本では正義や公正よりも、格好つけないことの方が重要なことだったのだ。

●知らない世代の出現
「黄金律」と「迷惑をかけない」の考え方の違いについては、以前からよく指摘されてきていることではある。しかし現在、黄金律をはじめ、The Ten Commandments
(十戒)The Good Samaritan(良きサマリヤ人)等、古くから大切な価値として教えられて来た聖書の思想は公教育の現場から「信教の自由」を理由に徹底的に締め出されている。キリスト教的価値観の押しつけはごめん被る、というわけである。数十年の歳月が流れ「黄金律を知らない世代」の時代になった。アメリカの教育現場は驚くほど日本の現状と似てきている。陰湿ないじめ、教師への不遜、チーティング(カンニング)、ピア(仲間に合わせようとする)プレッシャー、無気力、無関心、無感動、自殺、殺人...。聖書教育の主眼は、全てを見通し、万事正しく裁かれる「神」を恐れ敬い、愛することを心に刻むことにあったが、これらの問題は何れも基準となる神を見失なってしまったことから来ているのではなかろうか。

今でも決して忘れない事件がある。私がある少年から「ジャップ、ジャップ!」とからかわれ、いじめられていた時、級長のマイク・サリバン君は「正義」ゆえにその少年と一対一の殴り合いまでして私のため?に戦ってくれた。別段私を好きだったわけではなく、少年のしていることが正しくなかったのだ。礼を言ったと思うが、「当たり前のことをしたまでだ」というような彼の顔を今でも思い出す。小学6年、1973年のことであった。

●ジャパニゼーション(1面より続く)
私は数年来、アメリカ人と日米文化論の話しをするときによくジャパニゼーション、という自分勝手な造語を使う。言葉自体はコンピューターソフト等の日本語化、西洋の経済機構や経営体質が日本的になる、という意味ですでに使用されているが、私が言いたいのは日本のメディアの描写とは裏腹に、米国の非キリスト教化に伴い、多くの米国人が日本人のように相対的価値観を持つようになって来ている、ということである。世間からどう見られるかが気になる、仲間はずれが恐い、積極的な善ではなく迷惑さえかけなければいいという考え方、本音と建て前の存在。アメリカ人の行動基準はもはや「聖書の神」ではなく「世間・世論」となりつつある。熱心なクリスチャンであったとしても、この影響から逃れられず、価値観は混在し、行動様式は必ずしも一環していないように見えてしまう。


●21世紀のピルグリム
400年前、ピルグリムたちは自分たちの信仰に基づいた確信と価値観を子供たちの確実に継承したいために、旧大陸を捨て、新大陸に渡ってきた。20世紀に入り、新しい宗教として「無神論的ヒューマニズム」がアメリカ社会に浸透、定着した。そこから逃れ、再び「教育を自分たちの手に戻すため」に80年代に始まり、クリスチャンを中心に今なおホームスクーリングは増え続けており、また全米でクリスチャンスクールも新設され続けている。彼らは21世紀のピルグリムたちなのかも知れない。
価値ある教えをかたくなまでに守り、子供の教育は「神からの信託」として真剣に受け止め、教育を人任せ、国任せにせず、志を同じくする者たち同士で助け合いながら子供の教育に当たっていく。このことを実践している人々がこの国には大勢いる。昨今の「キリスト教右派/原理主義」報道によってこのような人々は反社会的危険分子のように言われるが、そもそもこのスピリットこそ、アメリカの土台になっていたのではなかったのか。これらの人々のほとんどは静かに黙って実践に励んでいるのである。今なおピルグリム・スピリットは人々の間に脈々と流れ続けている。

100年ほど前、このスピリットに触れた内村鑑三という日本人がいた。彼は真の教育、真の愛国心とは何か、迫害に会いつつも問い続けた。その結果、彼は二つの
J、Jesus & Japan に身をささげて生きた。そのような生き方に私もならいたい。神はこの小さき者にも子供を授け、神の道に相応しく教育することを委ねられた。ゆえに私は妻と共にこの神に真剣に答え続けたい。そして願わくはこの暗き世に一つでも多く、光をともして行きたい。■

内村鑑三(1861―1930年)独立伝道者
洗礼の証し N.Y.姉/2003年帰国

(もとニューヘイブン・バイブル・スタディー メンバー)
私が初めてイエス様のことを聞いたのはたぶん祖母からだと思います。よく覚えてませんが、子どものころは怖いという印象しかなかったような気がします。祖母は最後ぼけてもイエス様はわかるようでした。

子どものころは、友達には一休さんみたいだ、などと言われたりして、自分はやさしくていい子だと思っていました。しかし自分しか信用してなかったのか、心の中での人に対する否定や批判はものすごかったです。授業中も発表など絶対せず、意見を交換し合うこともしませんでした。小学校の先生に、お前は冷たいやつだと言われたことがあります。

はっきりと言われた事はありませんが、両親は私が医者になることを望んでいました。しかし外科医の父は、医者以外の職業をものすごくばかにし、母も内科医で忙しいのに母をののしったりして、私は子供ながら非常に悲しかったことを覚えています。自信家で、批判家、男の癖に人の悪口ばかり言う父がものすごくきらいでした。夫婦喧嘩が絶えず、私たち姉妹(4人です)は父の怒鳴り声におびえて育ったようなものです。あまりに怖いので、友達も「今日、お父さんいるの?」って聞いてから遊びに来るような状態でした。これで医者になりたいなんて思うはずがありません。尊敬できませんでした。中学か高校のとき、「離婚したら」ときっぱり言ったこともありました。
  高校を出て、一人暮らしを始めたときに、エホバの人に会いました。数年後、今度は統一教会にはまり、合宿にも行きました。そこにいる人たちはいい人ばかりでしたし、こんな私でも生きていていいんだという神様の愛を教えてはもらえたのですが、なんか異様な雰囲気があり、離れてしまいました。でも彼らを通して、まちがっていたとしても神様のことを知ったことは、教会へ行ってみよう、バイブルスタディに参加してみようという動機付けにはなったと思います。

原因はよくわかりませんが、大学生のときに、ウツ、アルコール中毒で入院しました。頼るものがなにもなく、どうしようもなくなっていたのです。1年近く入院しても何も変わらず、また学校に戻りましたが、無気力はなかなか抜けず、就職活動はできませんでした。安定剤をたくさん飲んで自殺しようとしたこともありましたが、眠り続けただけでした。 なんとなく生きていたころ、就職できなかった私をある先輩が助けてくれて、広島大学に行くことができました。広島では楽しい日々を過ごし、運良く結婚。しかし、学生時代はがんばれたのですが、子育てとなると何も分からず、 自信もなく、 知り合いもなく、ずっと家にいてお酒ばかり飲んでました。主人にはいやな思いをさせたひどい妻でした。

主人の仕事で広島からアメリカに移りました。そこでバイブルスタディというものを体験しました。祖母、いとこ以外のクリスチャンをアメリカではじめて見ました。牧師さん夫婦はとてもいい方で、信頼できる方でした。クリスチャンの方々もとてもすてきで、その前向きで明るい考え方、 発想には驚かされっぱなしで、バイブルスタディの時間はものすごく楽しいものでした。

もっと長くいっしょに聖書を学んでいたかったのですが、帰国が決まり、 ひと夏でおしまいとなってしまいました。しかし学んでいく中で、父を批判する自分に嫌気がさし、父のことがいやだという気持ちがなくなったらどんなにいいかと思うようになっていました。しかしなかなかその思いからは解放されませんでした。
帰国後、主人の職が安定しなかったので、私と子どもたちは私の実家に帰りました。父は単身赴任で週末しかいなかったのでなんとかなったものの、毎日顔をあわせていたらいやみたらたらの喧嘩をたくさんして子どもにも悪影響が出ていただろうと思います。私以外の大人はみんな仕事があり、家事はすべて私にまわってきて大変でした。そのような中、何もしない末の妹に非常に腹が立ちました。できる人がやればいいと気づくまではだいぶ時間がかかりました。しかし妹は許せても、母や私たちに対する父のいやみは赦すことができず、週末は怒ってばかりでした。まだまだ父の言動には頭にきてしまうのですが...。

主人の職も決まり、1昨年から東京で一家4人で暮らすことができるようになりました。私は母を一人にするのがいやで、というより、一緒にいたくて本当は新潟にいたかったのですが4月から東京に住み始めました。立石先生から近くの教会を紹介していただき、その5月から行き始めました。とても小さな教会ですが暖かく家族的な雰囲気です。そこの牧師さんに父のことを好きになれないことを話したのですが、たとえまだ赦せなくても神様に「赦します」と言ってしまうと徐々に赦せるようになることを教えてもらいました。今は、父がきらいなんて言いません。

子供たちも主人も教会へ行っています。信じる信じないは別として、主人が一緒に来てくれることはとてもうれしく思います。まだまだ後ろ向きな思考も多く、弱い私ですが、イエス様が私を愛するあまり、私の罪のためについて下さった十字架について少しずつ学び、少しずつ強くなっていると思います。それにもし、教会へ行っていなかったら、いまだに自分を否定し、ウツが続いて自殺していたかもしれません。まして子育てなんてできなかったと思います。今は子供たちもかわいくて幸せです。主人も最高の人です。全てに感謝しています。■
2005年7月、 8月の集会予定 (変更の可能性もありますので電話でご確認ください)
定例集会
礼 拝   日曜日 10:00am〜11:15am
サンデースクール 11:20am〜12:00pm ※
   ※ 大人、子供はそれぞれクラスに分かれます
祈 り 会 グリニッチ/水曜10:00am
      ニューヘイブン/木曜 (第 2,4,5) 12:00pm

★2005年バイブルキャンプ(対象年中〜小学校6年)
 日時:8月23B〜25D 会場:当教会 参加費 $25

★中高生キャンプ(ニュージャージー日本語教会キャンプに合流)
 日時:8月9B〜11D 会場:NY州 Port Jervis 参加費 $97
★ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて見ることが出来ます ★教会のホームページも少しずつアップデートしています ★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局:
BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/

《教会住所》グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830 website: www.jgclmi.com
《問い合わせ》 教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX(203)531-1609, e-mail: greenwichjgc@verizon.net