■グリニッチ便り■ (No.131, 2006年10-11月号)
 Japanese Gospel Church of Greenwich                グリニッチ福音キリスト教会


宗教・・・危険なもの、されど・・・ グリニッチ福音キリスト教会牧師 立石尚志
ほどほどに
 日本ではこと宗教に関しては「ほどほどにしておけ」とか「深入りするな」「あまり熱心になるな」とかよく言われますし、昔から家族間で問題が起きないよう嫁は嫁ぎ先の宗旨に転向するのが当たり前でした。宗教を持つことはそれが中身が何であるかに関わりなく「それなりに徳の高いこと」と見なされながらも、実際に日々その宗教を実践している人となると、ちょっとその人とは距離を置きたいと多くの人は考えるでしょう。

 宗教がらみの社会問題も毎日のように報道されます。ここ最近ですと韓流キリスト教系新興宗教団体の問題、松本被告死刑判決、法王発言とその反動など挙げられますが、紛争や戦争、殺人、人権侵害、婦女暴行等のニュースをテレビで見、新聞・インターネットで読んだりすればするほど、「やっぱり宗教は危険だ、触らぬ神にたたり無し」という日本人の「基本的スタンス」が強化されて行ってしまうようです。

●宗教は危険である
 さて、宗教は危険だ、と考えることは間違ったことなのでしょうか。いいえ、確かに宗教は危険なのです。宗教者である私が言っているのですから本当です。なぜか考えて見たいのですが、まず最初に私たちの教会の「入門講座」で使っている「関係の図」を紹介させてください。三重の同心円ですが、一番外側は自分と他人との関係の領域を表します。一つ内側は自分と自分の関係、そして最後に自分と神との関係を表します。

 最初の他人との関係ですが、他人と平和な関係を常に保てればそれに越したことは有りませんが、そうも行かないため、最低限の秩序が保たれるようにどの国でも法律が規定されていて、軍隊や警察がその法律に強制力を与えます。次の自分自身との関係ですが、健全に保たれていればいいのですが時に生活に支障が出て来る場合もあります。そんな時はカウンセラーや精神科医が助けてくれます。

 さあ、人間にはもう一つ、神との関係の領域があります。つまり「自分に存在意義を与えるもの」との関係です。この「自分に存在意義を与えるもの」が原点となって自分が位置づけられ、また他人の存在意義も位置づけられるので、この関係は最も内側に位置します。この領域は生きる意味を考え、答えをもらう所ですので、別の言い方で言えば「宗教・哲学・思想」の領域であるともできます。ここに何が入っているかは非常に重要な問題です。なぜならそれによって生き方、死に方が決定されるからです。

 この領域に「麻原彰晃」「文鮮明」を入れてしまって大変な目にあった若者がどれほど多くいたでしょうか。「ヒトラー/第三帝国」「天皇/大東亜共栄圏」も生きる目的、死ぬべき目的を与え、他人をどう見るか(ユダヤ人、他のアジア人、鬼畜米英)という視点も与えました。「共産主義・社会主義」も同じ力を持っています。この領域に宗教や主義、国家以外にも「仕事」「金銭」「名誉」「アイドル」「酒」「快楽」「ギャンブル」「世間」も入ってきます。この領域に入れた「もの」がその人にとっての「神」となる、と言っていいのです。

 ところで今挙げたものはどれも自分を、そして他人を破壊する力を持っているということにお気づきでしょうか。過労死、贈収賄、ねつ造論文、後追い自殺、アル中、教師のセクハラ、パチンコによる嬰児の車中死等々、どれもこの神々に支払った代価と言ってもいいでしょう。そこで問題です。あなたは何を神にしているでしょうか? (2面に続く)
8月の証し グリニッチ福音キリスト教会 井 上 幸 子
 多くの方々の信仰告白を伺って何と根の浅い私の信仰であることかとしみじみ考えさせられています。たまたまクリスチャンの家庭に生まれ育つた私は、何の迷いも、特別の動機もなくごく自然にキリスト教を受け入れ自他共にクリスチャンであることを認めて生活してきました。
勿論、長い人生の間には、多くの苦難に遭遇しています。8月と言う月は私どもの年齢の者には辛い思い出の詰まった月ですが、私の人生に於ける最も大きい最初の試練は言うまでもなく青春時代に遭遇したこの戦争の体験です。しかしこのような緊迫した状況の中では、祈るような心の余裕はありませんでしたし、ただ生き延びる事で精一杯であったと思います。

最も惨めであったのはむしろ戦後で、生きる目的をなくし、虚脱感に襲われました。浮浪者のような生活の中で、人々はそれぞれに生き方を求めて立ち上がりましたが、私はこのとき、神風が吹いて日本は勝つと信じ込み必死に戦ってきた自分を見つめ直すことが出来たように思います。そして、この時初めて自分の意思で教会の門を叩きました。第2コリント5章17節にある 
「誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って見よ、すべてが新しくなりました。」

と言う言葉を頂き、新しく生きる勇気、方向を示されたように思いました。神様のご計画は計り知れないもので、戦時中、鬼畜英米としてあれほど恐れ、憎んだアメリカに留学するようにとの進駐軍の命令を受けた時は本当に悩みました。戦時中は敵国語として英語の使用が禁止されていましたので、にわか仕込みで英語を勉強し、不安なままでの出発でした。

しかし、渡米後、多くの人々の援助と労わりを受ける中でアメリカが思っていたような恐ろしい国でもなく、また人種や、肌の色の如何に関わらず同じく神によつて造られた人間であることを思い、ただ憎しみの対象として洗脳されていた事の恐ろしさを身に沁みて感じました。このように新しく生まれかわった筈の私でしたし、神様は常に私と共にあると感じていたにも関わらず、その後の生活はただ仕事に追われる毎日で、教会にも行かず、聖書を読む事もなく、長い年月を過ごしてしまいました。

これからも尚幾つかの試練が用意されている事と思いますが、心配する事無く祈りながら神様にお任せしていこうと思います。人生を振り返って見ると、すぎ過ぎ去って見なければ神のご計画を知る事は出来ません。強い憎しみの対象であった筈のアメリカの国でアメリカ人の夫と共に、こんなに平和な祝福された生活を送るなんて、60年前には考える事も出来なかったことです。

忙しい時には、神の存在を忘れ、苦しい時には神の助けを願うと言うような勝手な私で、ろくに聖書も読まないで過ごしていた私ですが、今になって、すべてが神様の計画の中に生かされていたことを思い感謝しています。この教会に所属するようになって初めてじっくり聖書を読む機会を与えられましたが、改めて第1コリント10:13にある

「神は私達を耐える事の出来ないような試練にあわせるような事はなさいません。むしろ、耐える事が出来るように、試練と共に脱出の道も備えてくださいます。」

と言う御言葉を身に沁みて感じています。
もう今は何も社会的な役割はありませんし、残された人生を主にゆだねて安心して過ごしたいとおもいます。■
(井上姉は戦時中、聖路加病院の看護婦として働かれ、キリスト教の迫害、野戦病院の激務を経験されました。戦後いち早く進駐軍に米国留学を命ぜられ、帰国後、長く大学にて教鞭を取られ、日本の看護の発展のために尽くされました。退職後、長年の友であったピーター・ラブ氏と結婚。)

(一面からの続き)
●それでも人間は宗教的な存在
こうしても見ると「宗教」だけが危険だ、ということでは無いことが分かります。では宗教、哲学、思想をすべて心の中から排除すれば問題は解決するのでしょうか。残念ながらそうも行かないのです。人間はどうしても「何かのために」生きざるを得ない存在だからです。戦後、国家神道体制の反省から日本の教育界は宗教や思想を教育から徹底的に排除しようとしましたが、その代わりにしっかり「繁栄」という神が心に据えられてしまったのです。人間はどこまでも宗教的な存在なのです。

●本当の宗教の必要
ここで一番人が嫌うことをせざるを得ません。つまり我田引水「だからキリスト教」と結論づけることです。ただ、最後に聖書の主張をちょっとだけでも耳を傾けていただきけたら感謝です。聖書は人間の宗教的・哲学的なニーズを最終的に満たすことができるのは人間を創造なさった神、生きて働かれる本物の神以外にはいないと教えています。他の神、宗教、思想も哲学もすべて人間が自分のイマジネーションで考え出したものであり、聖書はそれらを総称して「偶像・アイドル」と呼んでいます。

偶像は偶像を作り出す人間抜きには存在し得ない「依存的なもの」です。故にそのような偶像に、偶像の創造者である人間がひれ伏すことは本末転倒なことなのです。逆に人間が唯一ひれ伏し、自分の拠り所とすべき存在は、人間の存在に依存しない創造主なる神しかいないと聖書は主張します(神は聖書の中で自分は「I AM」であると自己紹介しています)。

私たちの祖先は神を心の中から追い出し、以来、代々本当の神を無視して自分が造った神をあれこれ試して来ました。人間の歴史は、神抜きにどこまでできるかと言う、失敗が目に見えている大きな実験場と化してしまったのです。そのような中で神は疲れた人々に「戻って来なさい」と語ってくださっています。あなたの幸せを一番願っている神に従い、共に歩んでみる気はないでしょうか。自分の限界を認めることは決して敗北ではなく新しい出発点に変えられるのです!
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」マタイ11:28
「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。」詩篇34:8       


■□■成長〜子どもといっしょに
矢吹博・育代ご夫妻講演会

● とき:2006年9月28日(木)10:00am~ 12:00pm  ●入場無料 ●ベビーシッター有り
● 場所:ハリソン長老教会 Harrison Presbyterian Church 181 Harrison Ave. Harrison, NY 10528 914-835-2325


■□■ビジネス・ピープル聖書講座

●次回10月18日B 8:00pm~ 10:00pm ●入場無料 ●礼拝室
テーマ 「呪われた労働/労働に何が起きたのか」

■□■山口博子 秋の弾き語り
ミニコンサート 10/6、10/10

● とき:2006年10月6日(金)10:00am~ 12:00pm
●入場無料  ●ベビーシッター有り
● 場所:佐々田宅  46 Lockwood Rd.
Riverside, CT 06878 203-637-1849
--- - --- - --- - --- - --- - --- - --- - --- - --- - --- - --- - ---
● とき:2006年10月10日(火)10:00am~ 12:00pm 
●入場無料  ●ベビーシッター有り
● 場所:ハリソン長老教会 Harrison Presbyterian Church 181 Harrison Ave. Harrison, NY 10528 914-835-2325
■2006年10月、11月の集会予定■ (変更の可能性もありますので電話でご確認ください)
● 礼 拝 日曜日 10:00am〜11:15am
サンデースクール
 日曜日 11:20am〜12:00pm※
   ※大人、子供はそれぞれクラスに分かれます
祈り会  グリニッチ/水曜10:00am
各種集会
グリニッチ家庭集会(場所はTELで)
 原則第一金曜 10:00am 10/6, 11/3★ ハリソン聖書研究会
 隔週火曜 10:00am 10/10, 10/24
  場所:ハリソン長老教会
グリニッチ聖書研究会(場所はTELで)
  金曜 10:00am
ニューヘイブン聖書研究会 (場所TEL)
 原則第一、第三木曜 11:00am
スタンフォード聖書研究会
 毎週火曜1:00pm 場所:井上宅★ ハートフォード家庭集会
10/17 B 1:00pm
  場所:テイラー麻生子宅

ビジネスピープル聖書講座
10/10 B 8:00pm 会堂事務室にて

※上記以外にも週の間に、入門クラス、聖書研究会が定期的に行われています。夏の間は不定期になりますので、お問い合せは下記、教会か牧師宅(立石)までお願いします。

★ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて
★教会のホームページも少しずつアップデートしています
★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局:
BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/

《教会住所》グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)、 牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830 website: www.jgclmi.com
《問い合わせ》 教会TEL/FAX(203)531-6450、 牧師宅TEL/FAX (203)531-1609, e-mail: jgclmi@verizon.net