■グリニッチ便り■  (No.132, 2006年12-2007年1月号)
Japanese Gospel Church of Greenwich グリニッチ福音キリスト教会


年末年始に向けて グリニッチ福音キリスト教会 牧師 立石尚志

 21世紀の6年目も幕を下ろそうとしている。「21世紀」という言葉の響きは子どもの頃と今とでは何と大きく違っていることだろう。21世紀は夢と希望、明るい未来をもたらすはずであったが、世の中も日本も、思い描いていた21世紀とはほど遠い。ただし驚くには及ばない。聖書は天地創造以来、四千年前も三千年前、二千年前もまたその間のすべて時代も常に人が深刻な問題を抱えて来たことを克明に描いているし、問題だらけの状態こそ人類の通常の姿、神なき人類のノーマルな姿であることが分かってくるのだ。以下はシアトルの教会で長年牧会に携わったボブ・ムアヘッド牧師のThe Paradox of Our Timeというエッセイである。これが三千年前の「伝道者の書」に酷似していたとしても何の不思議ではないのである。

私たちの時代のパラドクス

 私たちの建物は高くなったが我慢の限界は低くなった。高速道路は広くなったが了見は狭くなった。多く支払ったわりにかえって貧しくなり、多く買っても買った物を楽しめず、家は大きくなっても家族は小さくなり、便利になったが時間は減った。学位が増えても常識はなくなり、知識を増しても判断力は落ち、専門家が増えたが問題はますます増えた。おもちゃは増えたが満足は減り、薬は増えても健康は遠のき、栄養剤を多用しても結果は見えない。飲みすぎ、吸いすぎ、むやみやたらに買いすぎるが、笑いはあまりに少なすぎる。スピードを出しすぎ、すぐに怒り、夜更かししすぎ、朝は疲れ切っている。十分読まず、テレビを見すぎ、祈ることはほとんどない。

 私たちは自分たちの所有物を何倍にも増やしたが、自らの価値を減らしてしまった。ジェット機で早く目的地に着き、大した仕事もせずに早々に帰える。契約は増やしても稼ぎは少ない。喋りすぎ、愛さず、嘘ばかりつく。小手先の生き方は身につけても、人生を生きるのを忘れている。生きる年数は増やしても一年一年はますます軽い。月まで行って帰って来ても、越してきたお向かいに挨拶することすら難しい。外の世界を支配はできても内側は無法地帯と化してしまった。大事業もよりよい事とは限らない。空気は綺麗にしてみたが心はかえって汚染され、原子を分裂させてはみたが、偏見こそは砕けない。

多く書いても学は減り、計画増やして業績不振。旅客機は速くなっても列はますます長く、何でも急げと学んでも待つことは教えてもらえない。武器は増え平和は遠のき、給料は上がり道徳は下がり、パーティーは増えても楽しみは減り、食べ物は増えても満足できず、知人は増えて友人は減った。ますます多くの情報をパソコンに蓄え、限りなくコピーを増やしても、本当の情報交換は希少価値。車を小型化してもかえって問題が大きくなり、大きくなった工場で少なくしか生産できず、量は増えて質は落ちた。

 ファスト・フードの時代であるが消化は悪く、背は伸びたが品格は縮み、途方もない利益を上げても人間関係は悲しいほど浅い。世界平和と叫びながら家中は戦場、レジャーは増えて楽しみは減った。切手は高くなっても配達は遅く、食べ物の種類は増えても偏った栄養しか取れない。共働きで収入が増えても離婚もついでに増えてしまう。おしゃれな家に家庭崩壊。短い旅行、使い捨ておむつ、カートリッジ生活、道徳もついでに使い捨て、一夜の快楽、太りすぎの時代。精気を出すのにピルを飲み、ピルで黙らせ、殺してしまう。ショーウィンドーには何でもあるが、倉庫には何もない。これが私たちの時代だ。■

     ※ 詩文調であり多少幅を持たせて訳しています

 年末年始に向け、何と縁起悪い・・・と思われるかも知れないが、私はようやく日本人にもチャンスが巡ってきたと思っている。上記の各パラドックスには前節と後節とがあるが、前節に夢中になっている間、人は決して神を求めようとは思わないだろう。しかし絶望を前にする時、人は初めて神が備えた恵みの扉の前に立つのである。今、日本人に本当に必要なことは自らのプライドを捨てて、心から「神さま、助けてください!」と叫び、扉を叩くことだと私は思う。そう、宗教は弱者が「すがる」ものである。しかしここに最大のパラドックスがある。つまり神の前に弱さを認める生き方の方が、神を認めず強がる生き方よりもはるかに力強い生き方であるということだ。また、無限の神に従う生き方の方が、自分の限られた経験と知識に制約される生き方よりもはるかに自由でのびのびした生き方が出きるということである。今、神はなおも愛の御手を差し出してくださっている。■

おおのくんとわたしのこと
(10月/礼拝での証し)   Y.W.姉

 私はクリスチャンになってすぐ、なにかすごい運命が私に向かって津波のように押し寄せてきたらどうしようと心配しました。何もかも捨てて修道女の生活でもはじめるべきなのか、いったい神様のご計画とは、みこころとは何なのだろうと真剣に祈りました。日常のささいなことにも悩みました。今までの世間一般のものさしや自分勝手な価値観ではなく、聖書の価値観でものを考えることを要求されたからです。まるで筋肉を一から鍛え直すリハビリのようなもので、どう行動してよいか、何が良くて何が悪いのか、皆目わからず、聖書の学びを続けていても、祈っても、教会にいっても癒されないつらい日々が続きました。

 そんなある日、知り合いが飼い切れないということでハムスターを一匹世話することになりました。家に連れ帰ってみるとすでに水槽からの脱出を試みています。落ち着きがなく、小さな回し車によじのぼってジャンプしては落ち、よじのぼって逃亡を企てています。うるさいのが何日も続き正直情けをかけるのではなかったと後悔しました。もともとネズミは苦手なのでしたし、ハムスターは薄汚れていて、毛も所々はげ、あまりかわいくありませんでしたが、すでに三歳になっていたのでその年齢からはそれほど生きられないことを知った時、環境を改善してせめて少しでも性質が変わればと願うようになりました。

 私は水槽を2倍の大きさにし、体にあった大きな回し車に替え、すべての備品も新しくし、インフラを整えました。餌もより栄養バランスの良いもの、ビタミンも水に混ぜ、歯がのびるのを防ぐために齧るためのブロックや干し草を入れたりして生活の向上と精神の安定をはかりました。生き物を飼うというのはこんなに小さなものでもかわいいものです。きな粉のおはぎがちょこまかと動いているようなのですが、餌をあげたり、パンやハムスター専用のハニーバーなどを与えたりしているうちにどんどんかわいくなっていきます。おおのくんという名前もつけました。うえから声をかけると反応するようにもなりました。

 そうなるとまるでプチ神様気分です。いやまてよ、神様とわたしとの関係はひょっとして、いやひょっとしなくてもハムスター以下かもしれない。だいいちハムスターと同じぐらい、私に神様の気持ちはわかりません。そう考えると神様がとても気の毒になりました。プチ神様としてはさらに困ったこともありました。コミュニケーションが全く 取れないのです。特によかれと思い、新しいことをすると、おおのくんが混乱するのです。彼としては前の場所で、自分のやりかたでやりたいのです。上から見ているともっと簡単な方法があるのに・・・と思ったとき、はっとしました。神様も私にきっとそう思っていらっしゃるかもしれない。

 巣は一週間たつと汚くなりますから掃除が必要です。ハムスターは餌を巣に溜め込む習性がありますから、掃除をすると餌を探します。毎回、新しい餌をたっぷりあげるのですが、おおのくんは前の餌を探すのです。ないのでひどくがっかりしています。新しくたくさんよいものをもっともっとこれからあげるのに・・・ここで私はまたはっとします。

 ところでクリスチャンになって、日常のことに聖書が働きかけてくれるようになりました。もちろん試練と日常の葛藤は毎日続いていましたが、折々に学んだり、聞いたりする聖書の箇所が不思議と私の日々の問題提起となり、指針となり、解決となるのです。信じてから聖書はもはや私にとっておとぎ話ではなくなりました。それほど聖書は力を持っているのです。

 さて、ぼろぼろで落ち着きのなかったおおのくんは神様から与えられた二度目のチャンスに生まれ変わりました。うちにきて3ヶ月経った頃、毛艶も見違える程よくなりふさふさして、すっかりハンサムになりました。短毛種ではなくロングヘアーだったのです。回し車を得意そうにまわして、家族のだれからも愛されました。誰もいないと甘え鳴きをして呼ぶようにすらなりました。我が家のスターでアイドルの座をやすやすと勝ち取りました。神様がアブラハムやヨセフをどんなに愛したがわかるようです。きっと本当にこころから慈しんで見守ってくださったことだと思えました。おおのくんが私のひざのうえに安心して身をよせているとき私も神さまに守られているような気がしました。

 おおのくんは一年半うちで暮らしました。クリスマスツリーを2回、桜の花も2回見ました。旅行に行くときもいつも一緒でした。二週間ぐらい少し骨が弱ったと感じていたら具合が悪くなりました。二日間寝たきりで動けませんでしたが、呼ばれると声を出して応えてくれました。お医者さんは今まででみたハムスターのなかで一番高齢だろうとおっしゃってくれました。老衰でした。こうして家族全員に見守られて、涙を流されて、たくさんたくさん感謝されて静かにおおのくんは旅立っていきました

 セカンドチャンスを見事に生かして精一杯生きたおおのくん。私たちを常に疑うことなく、足ることを知り、小さないのちでも尊厳のある生き方というものを教えてくれました。このような素直なこころでまっすぐに神様を見上げて生きる信仰が持てたらと、くじけそうになる私をおおのくんは無言で支えてくれました。いま与えられたものに感謝して、毎日を一生懸命、楽しく、明るく等身大で生きることを教えてくれました。死に関しても、ひとりぼっちで死んでもいいと思っていた私に家族に看とられて死んでいくのが何よりも人間の幸せなのではないかと気づかせてくれました。今は神様にお会いできることが楽しみに思えるようになりました。

 今日もすべてのひとに雨は降り、日は照り、地球のすべてのものが私たちのために備えられ、与えられています。そしてそれを神様のおかげではないと豪語する自由まで与えてくださっている。わたしもつい最近までそのひとりでした。これは神様がさいごの瞬間までわたしたちに期待し愛してくださり、滅びないように願ってくださっているということの証でもあります。聖書、祈り、教会につながっていくこと。毎週あたらしく、清くしていただくことで自分を新しく作り変えていきたいと思います。■

■2006年12月、’07年1月の集会予定■
(変更の可能性もありますので電話でご確認ください)

【特別集会】

12/17 @ 12:30~3:30
  クリスマス祝会
12/24 @ 4:00~6:00
  クリスマスイブ礼拝
1/1 A 8:00am~9:00am
  元旦礼拝
1/14 @ 11:30am~1:30pm
  新春お餅を食べる会

【定例集会】

● 礼拝日曜日10:00am〜11:15am
● サンデースクール
  日曜日 11:20am〜12:00pm
 大人、子供はそれぞれクラスに分かれます
● 祈り会 グリニッチ/水曜10:00am

【各種集会】

★ グリニッチ家庭集会(場所はTELで)
  原則第一金曜 10:00am 1月5日
★ ハリソン聖書研究会
隔週火曜 10:00am 12/19、1/9、1/23
  場所:ハリソン長老教会
★ グリニッチ聖書研究会 10:00amE
 (場所はTELでご確認ください)
★ ニューヘイブン聖書研究会
 (場所TELはご確認ください)
★ スタンフォード聖書研究会
 毎週火曜1:00pm 場所:井上宅
★ ハートフォード家庭集会
 1月18日 10:00pmテイラー宅
★ビジネスピープル聖書講座
1月9日 8:00pm 会堂事務室にて

※上記以外にも週の間に、入門クラス、聖書研究会が定期的に行われています。夏の間は不定期になりますので、お問い合せは下記、教会か牧師宅(立石)までお願いします。

ハーベスト・タイムの放送を毎週金曜朝8時よりWMBCにて、あるいはWEBで!http://www.harvesttime.tv/
★お勧めキリスト教日本語ウェブ放送局: BBN聖書放送 http://www.bbnradio.org/japanese/
《教会住所》
グリニッチ福音キリスト教会 (Japanese Gospel Church of Greenwich)
牧師 立石尚志
c/o St. Paul Ev. Lutheran Church, 286 Delavan Ave. Greenwich, CT 06830
website: www.jgclmi.com
《問い合わせ》
教会TEL/FAX(203)531-6450
牧師宅TEL/FAX (203)531-1609
e-mail: jgclmi@verizon.net